レースで圧倒的な速さを見せたR32
2.6Lという一見半端な排気量のターボエンジンについてはどうか。
「あのエンジン排気量の決め方、日産の技術者は素晴らしかったですね。あの車両の重さで、四駆で、ホイールの幅が決められてしまっていたところで、絶妙な排気量でした。日産が、初めて勝とうと思って作ったクルマで、やればできるじゃないかと(笑)。
日産工機でレーシングエンジンを開発したのですが、たしか550〜570㎰で24時間走れるようにというのが、ニスモの要求だったと思います」。
「R32のターボチャージャーのブースト圧は、当初1.8だったかな。それで走らせると、同じクラスのフォード・シエラに比べて圧倒的に速かったので、これはまずいと。
当初参戦するのは、僕と星野の2台でしたから、ほかの参加者がやめてしまうのではないかと、ニスモはそこを気にしたと思います。それで、1.6にブースト圧を落として平成2(1990)年のJTC開幕戦・西日本サーキット(後のMINEサーキット・現マツダ美祢自動車試験場)に出たら、他の全車を周回遅れにしてぶっち切っちゃった。これでも速すぎるというので、次のスポーツランドSUGOでは1.5に下げたのだけれども、また、2台で他を周回遅れにしちゃった。それじゃあというので、3戦目の鈴鹿サーキットでさらに1.4まで下げましたが、それでも速い。その後のテストで1.3まで落としていたのですが、エンジンの応答が遅れて、運転しにくくなる。それで結局、1.4に落ち着いたんです。以後、HKSのエンジン以外はニスモが1.4でコントロールしていたので、R32の台数が増えても一緒です。だから、R35は世界で一番安全で速い! ただし、一般公道では速過ぎる日本では予選ブーストって使ったことがなかったんですよ」。
BMW・M3を登り坂で簡単にぶち抜く
こうしたなか、長谷見だけは予選ブーストでR32の真の実力を体感した。
「スパ24時間レースでは、予選ブーストの1.8を使いました。それは速かったですよ。オールージュの登り坂で、BMW・M3を軽く抜いちゃうんですから。これがターボエンジンの威力ですね」。
スパ・フランコルシャンのコースは、一部公道を使うル・マンのサルトサーキットに似たレイアウトだが、ル・マンと異なり山間のコースで、ヘアピンカーブを立ち上がった後のオールージュの登り坂は、一般道ではつづら折れで上がっていく斜面をレーシングコースでは真っ直ぐ登る、胸突き八丁の急勾配だ。そのような急坂で、M3を軽く追い越してしまうとは、尋常な速さではない。「あとは、マカオGPですね。その2回だけです、予選ブーストを使えたのは。
ですから、レースでのR32は、ドライバーとして楽しいということはなかった。ブレーキも、レースでは4〜5周しか持たないんです。ブレーキ冷却用のエアダクトが、シビックなどと同じ径の1本だけという規則で、エアダクトの数を増やすことができれば、ブレーキ性能も確保できたはずですが。
それから、もし、R31のときのようなフロントスポイラーがあって、ダウンフォースでアンダーステアを消すことができたら、もっと楽しかっただろうし、お客さんも楽しめるレースを見せることができたんじゃないですかね。
例えば富士の1コーナー手前では最高速が305km/h出て、車体が浮くんです。サスペンションのアッパーアームがハの字になっているところでブレーキングすれば、不安定になる。だから、いかに我慢するかなんですよ。ドライバーが挑戦意欲を出すとダメなんです」。