アクセルを踏んでいればスピンしない
そのほか、急制動時にもエンジンブレーキの力のみを50:50に駆動配分し、低μ路での横滑り防止と車両の安定性を高めるなど、挙動変化を抑えるように徹底的に手が加えられている。
「どんな路面でも速く走れる、コーナリング性能が高いというのがアテーサE–TSの一番の訴求部分。ただ、技術的にいえば全天候型の性能を持たせています。駆動力による悪さを全部自動制御して、ドライバーはアクセルとブレーキ、そしてステアリングのみに集中できます。基本に忠実な操作でいいと思いますが、唯一必要なのはコーナーではスピンを恐れずにアクセルを踏む勇気ですね」
路面のμを横Gセンサーで感知することであらゆる路面で最適な駆動配分を実現。低μ路でも抜群の安定感を見せる。日産のFRベースの4WDの基本システムは現在も大きく変わっていない。
湿式多板クラッチの寿命についてはどうだろう?
「開発初期の段階で一番の懸案事項となったのも多板クラッチのライフでした。研究段階で問題ないことが実証されています。普段はほとんど駆動配分が0:100ですし、通常の走りでは油圧を弱くつないでいますので、プレートが滑ることはほとんどありません。ただ、サーキットなどの限界走行で、後輪が勢いよく空転してしまうような場合は、回転しているものをいきなりつなぐので、プレートは摩耗します。それを繰り返すと摩擦係数が落ちて滑りやすくなります」
多板クラッチは7枚のドライブプレートと12枚のドリブンプレート、2枚のリテーナープレートにより構成。フロントへはチェーンを介して、トルクを伝達する。
ちなみにグループAレースに参戦したBNR32型スカイラインGT-Rは、エンジンのパワーがノーマルの2倍に引き上げられているので、リヤの空転を抑えるためにより4WD傾向の強いセッティングに変更。駆動配分特性も市販車と同じにはできず4段階に固定した。さらに横Gセンサーの検知能力も2Gまで引き上げられ、高いコーナリング性能に対応している。
グループAのマシンは高出力に対応するため、横Gセンサーの感度を高め、制御領域をチューニングし、積極的に4WDになるような特性になっている。これはサーキット走行する場合も効果がある。ただし、変更するのは横Gの大きな領域のみだ。
「われわれの開発したE–TSの特性はあくまでもストリート用。一般オーナーがどんな路面でも安全で安心して走れることを主眼にセットしていますが、サーキット派のオーナーには横Gが大きくなる領域のゲインを高めることが走行性能を高める上で有効でしょう。開発段階でも各サーキットで少しフィーリングが異なりました。駆動配分コントローラーなどを使ってオーナーの好みに合わせた特性を見つけられれば、駆動ロスが減り、走らせることがより楽しくなるのではないでしょうか。これは日産を退職したから語れることでしょうけどね」と笑う。
完成したBNR32型スカイラインGT-Rの走りは、重量配分の問題もあり、本来の理想よりも少しアンダーステアであった。松田は後輪の左右の駆動配分に着目し、R33型スカイラインの開発に合わせ「アクティブLSD」を完成させた。
「開発時、常に考えていたのは人とクルマの関係の最適化でした。クルマの挙動を人が理解して、人がクルマを動かすループの関係をいかに作るか。それが意のままにコントロールできる、というキャッチフレーズにつながりました。32はその人とクルマのいい関係を実現できたと思います。だから今なお多くの方に愛されるのでしょう。そうしたクルマの開発に携われたことを幸せに思います」 溢れんばかりの笑顔の奥に世界最高の4WDを作った男の自信を垣間見た。 (文中敬称略)
(レポート:GT-Rマガジン編集部)
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