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三菱「燃費不正問題」で日産が得たものとは

軽自動車部門がほしかった日産

5月12日、日産自動車(以下日産)と三菱自動車工業(以下三菱自)は幅広い戦略的アライアンスに関する覚書を締結。三菱自の株式34%を日産が2370 億円で取得する予定と発表した。

http://nissannews.com/en-US/より

4月20日の「三菱自動車燃費不正問題」に端を発した今回の提携劇、筆者は4月29日に「終結が見えない三菱自動車の燃費不正事件」という記事で、もっとも円満に収まる結末として予測していた。
ゴールデンウイーク中に両社は協議し、早ければ連休明けの週に発表されるであろうというヨミであったが、まさにその通りの展開となった。

4月20日以降のマスコミの記事や周辺状況を考慮すれば、この結末が関係する人々にとってもっともダメージが少なく、かつ国益にもかなう選択であったことは明白だ。直近のニュースを見れば、今回の提携劇について政府も歓迎する方向というが、しごく自然な流れであろう。

ゴールデンウイーク中に日産関係者から聞いた話では、
「国交省はすでに三菱自動車を信用していないので、現在、日産が窓口となって様々な交渉を行なっているようです」とのこと。
もはや国も三菱自の自浄作用に期待していないということではないだろうか。

さて、提携発表の記者会見で、日産のカルロス・ゴーンも三菱自の益子会長も、「今回の一件で提携時期が速くなっただけ」だと語っている。

しかし、日産が以前から軽自動車の開発・製造部門を欲していたことは周知の事実だった。当然、両社の間では今回の不正事件の前から提携交渉が行なわれていたことは容易に想像がつく。
しかし、この手の提携話の場合、経営陣および経営方針、ブランドの取り扱い、そして金が大きな課題となる。往々にして、この手の提携話がこじれて破断になるのはこれらの課題が原因となることが多い。

明治以来の歴史を誇る三菱グループだけに、プライドも高くそう易々と妥協はしなかったのであろう。一方、日産としては可能な限り安く、できればタダ同然で軽自動車部門を手に入れたいはずで、交渉は難航していたに違いない。

そんな時に、三菱自は自ら墓穴を掘り、ゴーンの手の平に落ちてきたのである。
名うての経営者であるゴーンが、このチャンスを見逃すはずはなく、一気に、それもたたみかけるように提携交渉を有利に進めたのであろう。

燃費不正問題から提携へと話題を操作

ポイントは相手(三菱自動車)に考える時間を与えず、電光石火の交渉締結である。

三菱自の「燃費不正」がゴーンの耳にいつ報告されたかは不明だが、第一報を受けた瞬間、ゴーンの頭の中には今回のシナリオが浮んでいたはずだ。
三菱自動車を買いたたく、100年に一度あかないかのチャンスであったはずだ。

日産自動車カルロス・ゴーン社長

以下は推察だが、4月20日に三菱自が自ら「燃費不正問題」を公表しなければ、日産は独自に連休前に発表したのではないだろうか。
10日以上もあったゴールデンウイークの連休期間中なら、マスコミなど世間の注目も大きくはならない。この間に交渉を進め、連休明けに提携を発表すれば燃費不正問題よりも提携劇に注目が集まることは間違いなく、これは日産にとって、というよりも三菱にとっても大きなメリットを生み出すのだ。

とはいえ、先に日産に公表されては三菱自のメンツが立たない。そればかりかさらにダークのイメージがついてしまう。三菱自としては、それだけは何としても避けたい。
いわば日産に詰め腹を切らされるように、自ら不正発表に至ったと見るのが4月20日までの流れではないだろうか。

この電光石火の交渉劇は販売現場でも、あまりに突然の出来事だったという。
日産ディーラーの営業マンによれば、
「4月20日、全営業マンあてに日産から連絡がきました。軽自動車の試乗車・展示車はすぐに撤去すること。カタログもすべて撤去。営業マン全員、夕方から行なわれる三菱自動車の記者会見を必ず見ること。あまりに突然のことで、何か大きなことが起きたのだろうと思っていましたが」と困惑した表情で語った。

ユーザーや日産へと支払う三菱自の膨大な補償金

ひとたび不正が表沙汰になれば、三菱の企業価値はどん底に落ちるのは必至。国としても大きなピラミッド構造を持つ自動車産業の一角が崩れることは避けたい。
できるだけ早くこの問題を終結させ、水島工場周辺を正常な稼働状態に戻したいはずであった。そうした追い風を受け、日産は一気に連休中に交渉を進めたに違いない。

三菱自動車・水島工場

それだけではない、5月12日の提携発表でも日産のしたたかな戦略が見える。ポイントは提携“妥結”ではなく、“覚書”というスタイルを取ったことである。
現段階では、今回の件に関するユーザーへの補償問題、税金に関する諸問題、そして日産の売上損失に関する補償問題が残っている。これらをすべて綺麗に清算してから三菱自を引き取るというメッセージではないだろうか。

5月12日の発表で、額面上は2370億円で日産が三菱自を買い取ったようなものだが、前述の日産への補償問題等を含めれば、事実上、タダ同然で三菱自を引き取ったようなものではないだろうか。その結果が、ゴーンの満面の笑みに現れているように思えてならない。

繰り返すが、日産は軽自動車部門を欲しがっていた。
実際、ゴールデンウイーク中に日産ディーラーの営業マンに聞けば、
「軽自動車は商談から納車までの流れが早い。普通自動車と違って、軽自動車はもろもろの手続きが簡単なのです。だから年度末や月末の駆け込み登録でポイントを稼ぎやすい。その軽自動車が売れないのは本当にツライですよ」という。
そして、早期の軽自動車販売再開を望む立場である営業マンは「日産が三菱自動車を吸収するのが近道ではないでしょうか」と語っていたから、日産側の現場としても大歓迎であることは間違いない。

もうひとつ、日産は今回の提携劇で大きなオプションも手に入れた。
国内市場では低迷する三菱車だが、中国大陸では大きな存在感を示している。3月6日付のレコードチャイナの記事によれば、中国国内の自動車メーカーの大半が三菱のエンジンとトランスミッションがないとクルマを作れないのだという。
信頼性が高いというのが、その理由だそうだが、一説にはその数500万台という。これは日産にとって、中国大陸への本格的進出を目指す上で、軽自動車部門以上に魅力的だったに違いない。

今回の提携劇。筆者は見事な詰将棋を見た思いである。戦国時代の名将のごとく、戦わかわずして勝つ。旧領主陣の切腹と引き換えに、その家臣と領民の生活を保障するというのが今回のあらすじではないか。

5月12日の記者会見場に、まるで敗戦の将を従えるようにやって来たカルロス・ゴーン。まさに戦国時代の斉藤道三のように見えた。「マムシの道三」ならぬ、「マムシのゴーン」である。

そして日産の本格的リカバリーショットはこれからである。周囲の想像を超えるスピードで軽自動車の販売を再開し、次期型軽自動車を投入してくるはずだ。
(文中敬称略)

(文:酒呑童子)

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