ストリートドラッグレースが元祖
若者の遊びが公式の基準になった
ご存じのとおり「ゼロヨン」とは、4分の1マイル(約400m)直線でスタートからゴールまでの到達タイムを競うもの。「ドラッグレース」などとモータースポーツとしても認められ、クルマの性能を比較する基準の一つにもなっている。では、この約400mという距離はどのようにして決まったのだろうか?
そもそも「ゼロヨン=ドラッグレース」は、1950〜1960年代にアメリカの若者たちが公道で行っていたストリートレースが発祥で、スタートとゴールの目安となったのが電柱。その距離が4分の1マイルだった。
これがドラッグレースの距離となって広まっていったのである。
1960年代にアメリカで発祥した「ドラッグレース」。若者たちが自慢の愛車で、電柱から電柱までの区間で競い合ったことから始まった。その勝負はじつに簡単明快で、2台同時にスタートして先にゴールに速く到達したほうが「勝ち」というもの。
この競い合う距離を決めていた電柱と電柱の距離が4分の1マイルだったわけだ。
当時は、郊外の道路の脇には電柱が立ち並び、そこでレースを行われていたようだ。
ちなみに、市街地の信号を使ったシグナルグランプリでは、ゴールとなる交差点までの距離が4分の1マイルだったという説もある。
いずれにしてもストリートレースが発祥であったことは間違いない。
映画などで見たことがあると思うが、2台のクルマがスタート地点に並び、その中央にスターターと言われる人の合図でスタート! そんな単純なレースだけに人気が高まり、いずれ専用コースが登場。
イコールコンディションで速さを競うモータースポーツへと発展していったのである。
日本には1970年代後半に上陸し、公道でゼロヨン大会が自然発生していった。
その後、日本でも正式な競技として富士スピードウェイ(静岡県)などで開催。ゼロヨン専用コースも建設された。