ニスモS1&S2エンジンの10万km走行後を検証
チューニングするとクルマの寿命が短くなるのでは?
そんな疑問に応えるべく、走行38万km超、「ニスモ」S1&S2エンジン搭載から10万kmの日産R32型スカイラインGT-Rの状態を検証。S2エンジンにバージョンアップした8年前と変わらぬコンディションを維持していた!
日産ワークスチューニングメーカー「ニスモ」のコンプリートエンジンであるS1(3万6000km走行時にS2へバージョンアップ)を搭載した日産R32型スカイラインGT-R V-specⅡ。エンジン搭載から10万kmでそのコンディションを診断した
パワーと耐久性はトレードオフという定説を覆す
パワーを上げたりエンジンに手を加えれば、それだけクルマの寿命が短くなる──。
チューニングユーザーの間では半ば当然のことのように考えられている。そうでなくてもR32型スカイラインGT-R(以下R32GT-R)は発売から最低でも23年は経過。壊れれば純正パーツの供給も終わっているものが多く、何かチューニングしたくとも二の足を踏んでいる方が多いことだろう。
しかし、ここにそんな定説を覆す、驚異的な結果が示されている。
平成6年式、つまり最終型のR32GT-R。走行38万kmを超えたGT-Rマガジン所有のV-specⅡだ。
このクルマはGT-Rマガジン創刊当時からデモカーとして活躍しており、過去にはサーキットを走行したり、数々のロングランテストをこなしてきた。もちろん、最大限の手厚いメンテナンスを施してきたという経緯はあるが、過保護という言葉とは程遠く、現在に至るまで取材やテストに活躍している車両だ。
2008年、ニスモのS1エンジン搭載。その後2012年にS2へとバージョンアップ。今回10万km走行後のタイミングでエンジン内部の状態を点検してみた
2008年、このR32GT-Rは走行28万1215km時点でフルリフレッシュを施し、同時にメーターを「ニスモ」製に交換した。
この時点で心臓部は「ニスモ」のS1エンジンを搭載。ピストン、ピストンリング、オイルポンプなどにN1仕様を用いたエンジンであり、ピストン&コンロッドの重量合わせやクランク&プーリーのバランス取りも行っている。
さらにその4年後となる2012年には、R35純正インジェクター、専用デリバリーパイプ、0.9mmメタルヘッドガスケット、専用ECUを交換し、S2エンジンへと昇華を遂げているのだ。カムシャフトについてはS1仕様を継続しつつ、バルタイを調整。タービンとN1ブロックはS1搭載時から継続投入している。
チューンドエンジン搭載から10万km後の実状
昨年末の時点でこのR32GT-RはS1エンジン搭載から10万kmを経過。これを機に、一度内部の状況を確認してみようと思ったのである。作業はエンジン搭載も施工してくれた「ニスモ大森ファクトリー」に依頼した。
まずは小笠原 豊工場長による実走チェック。市街地で通常乗るようなドライブで、何ら違和感や異音は感じられなかった。
その後ダイナパックによる計測へ移る。人間の感覚とは違った角度から、細かな劣化が数値として表れるのではないか? また、同時に全開時にエンジン内部にてノッキングなどの異常がないかも確認した。
そして出た結果はまさに驚異的としか言いようがない。
S2エンジン搭載時に計測したパワーと重ねてみると、描く曲線はほぼ変わりがない。トルクやピークパワーの違いは経年劣化したというよりも、途中でマフラーを交換しているため、そのマフラーの特性によるものとご理解いただきたい。
つまり、「ニスモ」のコンプリートエンジンであるS1エンジンは走行10万kmでも、まったく壊れるどころか、ヘタることもなかったのである。
その後、「ニスモ大森ファクトリー」エンジングループのリーダーである長鶴俊一氏が細部の点検&診断をしてくれた。
まずエンジンのセンターオーナメントをはずしたところ、オイルの滲みすらもない。純正エンジンでもこれだけ年数が経っていれば、もう少し滲みがあるはず、とのこと。
プラグも適度な焼け具合だったが、これは直前にパワーチェックのためエンジンを全開にしたからだろう。通常の街乗りのみだと、もう少しカーボンが溜まっているはず。
各シリンダーのコンプレッションチェックでも理想の数値が出ている。
エンジンが6気筒のGT-Rの場合、1番と6番、2番と5番、3番と4番とピストンが同時に動く気筒ごとに数値が揃っているのがベスト。
そしてこのR32GT-Rは1&6番が1.17MPa、2番&5番が1.18MPa、3番&4番が1.20MPaだったのだ。数値の大小ではなく、数値の差が0.1MPa以上となった場合、エンジンオーバーホールの目安となる。ピストンリングなどの消耗品がヘタっていることが多いのだ。
点検終了後の診断は「10万km走ったエンジンだな」とのこと。これは悪いという意味ではなく、エンジンにアタリが付いて来た良い状態ということだ。シリンダーやピストントップも問題ない。
精度の高い組み上げがエンジンのストレスを解消
最初の話に戻るが、GT-RマガジンのR32スカイラインGT-Rは「チューニングすると壊れる」という定説は必ずしも本当ではない、と実証できたと思う。
さすがに近年はサーキットでの全開走行は控えているが、それでも走行距離は今でも1年で1万kmを超える。オイル交換など日頃のメンテナンスはシビアに行っているが、特別なことは何もしていない。
それでもRB26DETT型エンジンの状態をベストに保っているのはなぜか?
むしろ定説とは逆に「エンジンをオーバーホールし、コンプリートエンジンを搭載したから」最高のコンディションを保てているのだと思う。
コンプリートエンジンは個々にバランスを取り、各部のクリアランスをきっちり計測し、精度高く組み上げている。ちょっとしたズレもないのだから、ストレスなくエンジンは回り続ける。機械組みの純正エンジンとは距離を重ねるにつれ、その差は開いていくばかりだ。
純正が悪いとは言わない。しかし、長年GT-Rを知るプロが組み上げたものは、遙かに純正を上回る性能と耐久性をもつというのは事実なのだ。
R32型を筆頭とした第2世代と呼ばれるR33型およびR34型のスカイラインGT-Rは、今純正パーツの製造廃止という大きな問題を抱えている。
だから少しでも延命するために走らせず、フルノーマルのまま保管するクルマも増えて来た。
しかし本来のGT-Rは、そしてRB26DETT型エンジンは走ってこそナンボのクルマである。
ならば、普段走らせつつどれだけ長く乗り続けられるか、という考え方もあると改めて認識してもらいたい。手を加えるほどにベストな状態で延命できるとしたら。GT-Rファンにとってこれ以上の歓びはない。プロの手を加えることで、純正以上の長生きができる。
ちなみに今回の点検&診断時、燃料ポンプは過去に一度も交換していないのではないか、という疑問が浮上した。さらにタイミングベルトやウォーターポンプも10万kmという交換時期を迎えた。
現状とくにトラブルや不具合があったワケではないが、問題が発生してからでは大きな出費を生む。そこで後日、燃料ポンプ/タイミングベルト/ウォーターポンプの交換を行った。
水まわり系パーツやホース類の
経年劣化は避けられない
実際燃料ポンプをトランク内の燃料タンクから取り出してみると、フィルター部の汚れは年式なりに顕著。ウォーターポンプも内部のフィンに錆が見られた。これですぐにトラブルになるかと言うとそうではないが、機械だけにいつ壊れるのかはわからない。
タイミングベルトも大きなトラブルはなかったが、こうした消耗品やパーツについては、不具合出てからではなく、距離を決めて定期的に交換していくのが長く乗り続ける秘訣のひとつ。
またこうしたパーツを交換する際には、周辺のベルト類やホース類も外すことになるから、同時にリフレッシュするのもオススメしたい。とくにホース類は経年劣化を避けることは出来ず、GT-Rマガジン号も各部ホースが劣化でムクムクと膨らんだ状態だったのだ。
GT-Rに限らず、クルマを長く乗り続けるためには、トラブルを待つのではなくその芽を早い段階で摘むことが大切。そしてやはりコンディションの良い状態を保つには、走らせないのではなく、少しの距離でもいいから、常に走らせ続けることが大事なのではないか。
チューニング=必ずしも寿命を縮めるものではない。そして走らせるほどに良い状態を保てる。GT-Rマガジンのデモカー、R32GT-R V-specIIはその確かな証人なのである。
(レポート:GT-Rマガジン)
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