HKSタービン仕様としては控えめなパワー
長く乗るためにエンジンの負荷を軽減
ワンオーナーで46万kmを走行した平成3年式日産R32型スカイラインGT-R。
クルマの寿命が延びたとはいえ、自家用車で46万kmを走行した個体はなかなか存在しないはずだ。しかも、それがスポーツカーであるスカイラインGT-Rとなれば驚き。
しかし、この個体のオーナーは、さらなる距離をオドメーターに刻むためにエンジンをオーバーホールを敢行。ナラシ運転を終わらせ、いよいよ最終的なにエンジンセッティングを施す。
搭載するRB26DETT型2.6リットル直6ツインターボエンジンは、鍛造ピストンを組み込み、タービンはHKS製に交換。最高出力は401psを記録した。
ノーマルの280psから121psもパワーアップしているが、タービン交換仕様としては控えめな出力としてのは、ストリートでの乗りやすさと、さらなる10万km、20万kmをオドメーターに刻めるようにする耐久性を考慮したからだ。
エンジンオーバーホールでパーツを一新
新車時からのパーツで使えるものは残す
平成元(1989)年の発表から28年以上を経過し、現存するR32型スカイラインGT-Rはすでにネオクラシックとして大切に扱われている例が多い。それゆえ、走行距離を延ばさないように、キズ付けないようにとガレージに大切に保存されているケースもある。
しかし、その一方で大切には扱っているが、ここで紹介するオーナーのように「スカイラインGT-Rは乗って楽しむクルマ」と、20万km、30万kmを走行している個体も、それなりにある。
だが、この平成3年式のワンオーナーカーが驚くべきことは、46万kmを1基のパワートレインで達成したことだ。ほかにもこれ以上の距離を刻んだスカイラインGT-Rはあるが、ほとんどがエンジンやトランスミッションを載せ換え、しかも1基ではなく数基も費やしている。
今回で2度目(46万kmも走行しているのに!)となるエンジンオーバーホールで、さすがにブロックにはクラックが入り継続使用はできなかった。だが、新車時から使い続けてきたクランクシャフトやコンロッドは、新たに組まれたエンジンの中で今なお息づいている(エンジンオーバーホールの経緯はコチラをクリックしてください)。
このように長く使い続けられるのは、日頃から丁寧に乗っているからだ(ダラダラ走っているとは同意ではない)。
具体的には、キチンと暖機運転をして、オイル交換、水温や油温の管理、無駄に負荷をかけて走らないなど、インタビューした細かいことを書き出したら数え切れないほどある。
しかし、基本は定期的なオイル交換(5000km毎)、暖機運転、違和感があったらすぐにメンテナンスするといった、至って普通のことだ。
職人技で丁寧に組み上げたエンジンは
ブースト圧0.9kg/cm2で401psを発揮
このクルマのオーバーホールを行った奈良県の「Kansaiサービス」では、エンジンのナラシ運転が終わったところで最終的なコンピュータセッティングを行う。
ちなみに、エンジンはHKS製の鍛造ピストンとハイカムを使用しているが、基本的にノーマル。もちろん、各パーツの重量合わせなど精密組み上げ(いわゆるバランス取り)が行われている。
タービンは、HKS製GT-III SSスポーツタービン。ブーストコントローラーで過給圧をアップすれば、600psくらいまで対応する実力を持っている。
そんな高出力に対応できるタービンではあるが、このスカイラインGT-Rのオーナーはストリート(長距離ドライブ)がメイン。サーキット走行などは行わない。
そんなオーナーの乗り方に合わせて、パワーより乗りやすさを重視したセッティングとなった。
注目すべきは、ブーストコントローラーなどは使わず、HKS・GT-III SSタービンのアクチュエータの設定過給圧である0.9kgf/cm2で設定しているところにある。
この過給圧は、ノーマルの0.7kgf/cm2とあまり変わらない。
それでも401psとノーマルエンジンの280psより121psアップしているのだ。
しかも、シャシダイで計測した出力曲線(下の写真)を見ると3000rpmあたりから35kg-m以上のトルクを発揮。ノーマルの最大トルクを低い回転数で上回っている。
このパワーは、GT-III SSタービンとHKS製ステップ1カムシャフト(作用角256度)によるところもあるが、どんなにコンピュータのセッティングを煮詰めても、エンジンを精密に組み上げるなど職人技ともいえるアナログ的な基本ができていなければ達成できない。
西の名チューナーとして名を馳せる「Kansaiサービス」は、エンジンの各パーツのフリクションの軽減および軽量化など、細かい作業をひとつずつ丁寧に行っている。そんな小さな積み重ねるというアナログ(職人技)部分を高いレベルで実現しているからこそ、このような出力特性のエンジンを作り上げることができるわけだ。(その様子はコチラでご覧いただけます)。
これはプロと同じ場所で素人が撮影しても、その仕上がりに大きな差があるのと同じだ。
プロと素人の決定的な違いは、構図とか光の使い方など、すでにシャッターを押した時に大きな差が付いているのだ。
近年は、コンピュータで色を補正したり、不要な部分を消したりする修正ができるので、素人が撮影した写真でもそれなりに見栄えがするようにできる。
だが、コンピュータをどんなに駆使して修正しても、プロと素人の差を埋めることは絶対にできなほど大きい。
これはチューニング業界でも同じで、同じパーツを使っても、チューナーの技術力次第でエンジン特性はもちろん、最高出力も異なってくる。
職人技という以外、何ものでもない。ある意味、良いクルマを作れるかは、ショップ選びの段階で決まっていると言っても過言ではないだろう。
オーナーは「高回転域の伸びの良さ、低速域の力強いトルク感は、ノーマルでは絶対に味わえないフィーリング。もう少しパワーを高めたいという誘惑にもかられますが、サーキットを走るわけではないので、これで十分です。それに、まだまだ長く乗るためにオーバーホールしたわけですから、エンジンへの負荷を軽減するためにもブースト圧は低めのほうが良いのでしょうね」と語る。
予想はしていたが拍子抜けするほど
良好な状態だったトランスミッション
新車以来使い続けてきたトランスミッション(下の写真)は、さすがに46万kmという距離を刻んできただけあって、シフト操作の渋さなどフィーリングが悪化していた。
R32型スカイラインGT-Rのような古いクルマの部品は、純正でも年々定価は高騰している。そのなかで、トランスミッションは新品でも16万2000円(税別・2016年12月時点の価格)と、当時と大きく変化していなかったのである。
これは、修理するより新品に換装した方が費用対効果は高いという結論になり、R32型スカイラインGT-R後期型用5速トランスミッションを搭載することになった。
ちなみに後期型ミッションは、さまざまな改良が施されている。クラッチがプッシュ式からプル式に変更されているため、オペレーティングシリンダーを交換するなどの手間はかかるが、それ以上に得るものは大きいのだ。
今回は特別に、46万km走行したトランスミッション内部をチェックしてみることにした。
これまでのインタビューで、丁寧に乗ってきたことはわかっているので、各ギヤに驚くようなトラブルがあるとは思っていなかった。
しかし、実際に目にしてみると、その予想を上回るほど良好なコンディションだった。
確かに、ギヤの歯当たりしている部分の摩耗は認められるが、歯欠けや異常摩耗は一切見受けられなかったのだ。
大きなダメージを受けていなかっただけに、オーバーホールして使い続けることが可能だったかもしれない。
ちなみに、オーナーにどのようなシフト操作をしていたかインタビューしてみると
「エンジンが温まっても、すぐに負荷をかけた走りはしません。トランスミッションやデフなどのオイルはまだ温まっていませんから。1速や2速は軽く加速して、アクセルを踏み込むのは3速以上ですね。もちろん、ガツンとシフトレバーを叩き込むような操作はしません。ギヤが噛み合う間合いみたいなものを感じ取りながらシフトしています」と、聞いているだけでも丁寧な操作を感じさせる。
「走行46万km」
この距離だけでも驚かされるが、それを1基のパワートレインで達成するには、クルマを丁寧に扱う気持ちと実行力が必要だ。
このオーナーは、スカイラインGT-Rの楽しさを感じながら走っているのだ。
<取材協力>
GT-Rのメンテナンス&チューニングを得意とするKansaiサービス
0743-84-0126 http://www.kansaisv.co.jp/
(撮影:吉見幸夫)