レース車でも2バルブが常識だった時代に
市販された高性能DOHC4バルブ搭載車
モータースポーツの世界でスカイライン伝説を巻き起こした2代目の日産・S54Bスカイラインの後を受け継ぐため登場した”PGC10″。
レーシングユニット直系のツインカムエンジンを搭載し、連戦連勝。速さと強さでスカイラインの地位と人気を確立したモデルだった。これまで紹介したKPGC10、KPGC110 に引き続き、その歴史やスペックについて追ってみることにした。
「見た目は普通のセダンでありながら、走れば世界の名だたるスポーツカーに負けず劣らない性能を発揮する」。昭和39(1964)年の”第2回日本グランプリ”で、2代目スカイライン2000GT(S54 B型)が純レーシングカーであるポルシェ904を抜き去った光景は衝撃だった。
高性能セダンとして名を轟かせたスカイライン2000GT(S54 B型)の後を受け継ぎ、昭和44年2月に登場したのが、3代目スカイライン(ハコスカ)の高性能バージョンであるGT-R(PGC10型)。3代目スカイラインは、日産自動車と合併する前のプリンス自動車が設計した最後のクルマで、型式も当初はC10型ではなくS7型と呼ばれていた。
なお、2代目スカイラインはレースに勝つため、4気筒エンジン搭載を前提としたエンジンルームに2リッター6気筒エンジンを組み込むためにフロントボディを切断。ホイールベースを200mm延長した急造モデルだった。大きな排気量のアドバンテージを生かし、最初はレースに勝利してきたが、モデル終盤には車体のバランスに優れるトヨタ1600GTに破れている。
世界最先端を走ったDOHC4バルブ
PGC10は2リッターの排気量はそのままに、さらなる高回転化・高出力化を狙うため、世界にも例を見ないDOHC24バルブエンジン”S20型”を開発。6気筒エンジンを搭載することを前提に車体開発が行なわれたため、ボディは堅牢だった。さらにサスペンションはマクファーソンストラットとセミトレーリングアームを組み合わせた4輪独立懸架を採用したのである。
ボア82mm×ストローク62.8mmの超ショートストロークエンジンで高回転まで一気に吹き上がるのが特徴。当初はS54B型と同じウェーバーキャブを装着する予定だったが、国内の三國工業がソレックスキャブのライセンス生産を行なうようになったため、ソレックスN40PHH×3機をチョイスしている。
初期のセダンは有鉛ハイオク仕様の”K3ヘッド”を搭載する。
同時にエンジン内部も数多くの改良を実施。発売初期のS20は型は、レースに出てもトラブルが出ないように丁寧に組み上げられていたため、かなり精度は良かったそうだ。
その後、量産化によりコストは下げられたようだが、年々製品精度は向上。レースからのノウハウで細部に渡り改良が続けられた。例えば、ライナーも後期型(下写真のそれぞれ左)は前期型にはなかったコーティングが施され、耐久性が高められている。
結果、S20型エンジンは160ps/18.0kg‒mを発揮し、最高速200km/h、0-400mは16.1秒と群を抜く性能を発揮。レース参戦を視野に飛び抜けた性能を発揮したため、乗り手を選ぶクルマと語られているが、完調なS20型エンジンは低速トルク感があって街中でも乗りやすいなど、フレキシブルな性能を持っている。
レース参戦のためのボディワークを採用
外観だが、プレスラインがカットされたリヤホイールハウスが基準車との一番の違い。通称Rカットと呼ばれるリアホイールハウスのデザインは、レース参戦時に大径タイヤを履くための配慮だった。
ちなみにパキパキとした箱形の3BOXデザインは、ツーリングカーのことをハコと呼んでいたことから”ハコスカ”と呼ばれるようになった。
GT-Rがレースにデビューしたのは”JAFグランプリ TSクラブマンレース”。1位となったトヨタ 1600GTの走路妨害で繰り上げ優勝という薄水の勝利であったが、それ以後は連戦連勝し、モータースポーツでは後に登場する2ドアハードトップ(KPGC10)よりも多い36勝を挙げたのである。
バケットシートで走りをサポート
シートはレース参戦も考慮し、リクライニング機構を持たない当時としては本格的なバケットシートを採用。シートベルトは2点式が標準だった。
ホイールベースは2640mmと、R33GT-Rが登場するまでの26年間歴代で最長となり、5人が十分に座れるスペースが確保されている。リアシートは基準車ベースモデルと素材などは共通だ。
ウッドを多用した豪華なインテリア
PGC10の内装はスポーツ一辺倒ではなく、ウッドパネルを多用した英国風のモダンなデザイン。ひさしのない絶壁のインパネ内には240km/hのスピードメーターと、7500rpmからがレッドゾーンとなるタコメーター、中央に水温計(上)と油圧計(下)を配した。
*写真のステアリングは社外品のダッツンコンペ。
レースベース車と考えられていたGT-Rには内張りはない(本来ならばスペアタイヤが中央に取り付けられる)。タンクは100リットルと大容量。
過剰品質であった初期の44年式
4ドアは昭和45年2月にマイナ ーチェンジが行なわれ、それ以前の44年式と45年式で各部のデザインが異なる。外観の大きな違いがフロントグリルで、44年式は3ピース、45年式は1ピース構造となる点。その他、フェンダーミラーの色がシルバーから黒、ステアリングがウッドから本革となった。
一説には成形技術が進歩し、コストダウンしながらクオリティが確保できるようになったことによる改良との話も…。44年式のパーツは手作りに近かった!?
取材協力:GLION MUSEUM
http://glion-museum.jp/