ドラッグやストックカーレースでの勝利が
メーカーの販売台数に大きく影響した
アメリカ車の象徴と言えば、何と言っても1960年代半ばから1970年代初めに掛けてのハイパフォーマンスモデル。後にその力強さを評して「マッスルカー」と呼ばれることとなるクルマ達だ。
こうしたクルマが登場する背景にあったのは、当時ドラッグレースやストックカーレースの成績が新車の販売に大きく影響するということがハッキリしたから。実際、大きなレースの翌日には、優勝マシンのメーカーのディーラーが賑わったとも言われている。
マッスルカーの直接のルーツとなったクルマは、1961年から1963年に掛けて登場した市販ドラッグレーサーだった。一見しただけでは普通の市販車にしか見えないのにも拘わらず、エンジンは純レース用というマニアックな一台。
ポンティアックのスーパーデューティー、ダッジ・ラムチャージャー、プリマス・スーパーストック、ダッジ&プリマスの最初のレースヘミ、シボレーZ11、フォード・サイドオイラーといったエンジンを搭載したクルマ達だ。
ただしこれらは余りにもマニアックだったことから1964年頃からは、公道走行を前提にしたハイパフォーマンスモデルがリリースされることとなる。そして、その第一弾こそは1964年のポンティアックGTOだったというのが現代の定説だ。
8月26日に東京・お台場で開催された「スーパーアメリカンフェスティバル」に展示車の中から、そんなホンキの血統と熱い思いを感じるクルマを紹介しよう。
1969年型シボレー・カマロ
1967年にデビューしたシボレー・カマロは1968年でデザインの小変更を行うマイナーチェンジを実施。ところが1969年ではボディパネルを一新する大規模なマイナーチェンジを行った。それがこのクルマだ。
1970年型ダッジ・チャレンジャーR/T
この個体のエンジンはさらに排気量が大きなオプションの440cu:in(7210cc)。