F2マシンをベースにF1を作り上げたマーチ
世界最高峰のモータースポーツ「フォーミュラ1(F1)」。イギリスの名門レーシングカーメーカー「マーチ」は、F1のコストラクタとして各チームにシャーシを供給していたが、自らチームを立ち上げ参戦していた時代もある。
しかも、F1の下位カテゴリー「F2」のマシンをベースに、直4エンジンからV8エンジンに換装してF1仕様にしていたのである。さらに驚きなのが、その製作期間は9日間。ギネス記録に認定されるほどの短期間だった。
鈴鹿サーキットで行われた「RICHARD MILLE SUZUKA Sound of ENGINE 2018(SSOE)」には魅力的かつ自動車史で重要なクルマが登場。このイベントで主人公ともいえるのが「Fusion Coin Masters Historic Formula 1 in JAPAN(マスターズF1)」の参加車両だ。その中でも注目なのがF2マシンをベースにした歴代のマーチF1だ。
SSOEのマスターズF1に参加していたマーチは、721Gと741、761の3台。各マシンを紹介する前に、先ずはこれらを製作したコンストラクター(車両製作者)である「マーチ・エンジニアリング(March Engineering)」について触れておこう。
レーシングカー製作のみならずF1にも参戦
マーチ・エンジニアリングは1969年にイギリスで創業したレーシングカー・コンストラクターだ。社名は、会社経営を担当した弁護士で後にFIA会長となるマックス・モズレー(Max Mosley)、レーシングドライバーでレースチームの運営を担当したアラン・リース(Alan Rees)、マクラーレンで幾つもの傑作マシンを手掛けてきたレーシングカー・デザイナーのロビン・ハード(Robin Herd)、そしてエンジニアで工場の責任者となるグラハム・コーカー(Graham Coaker)といった、4人の設立メンバーの頭文字から命名された。
彼らの諸作はF3車両。鋼管スペースフレームのコンベンショナルなF3マシンだったが、翌70年からは、F1からF2、F3、FF(フォーミュラ・フォード)、さらにはCan-Amカーやグループ6の2リットルエンジンのレーシングスポーツカーまで、様々なカテゴリーに市販レーシングカーをラインナップすることになった。そう、F1GP用にもマシンを市販していたのだ。
フォード・コスワースDFVという傑作のF1エンジンが市販されていたから、その気になれば誰もがF1マシンを製作してレースに参戦できた…。今から考えれば、とても長閑で魅力的な時代だった。
そんなマーチのF1処女作が『マーチ701・フォード』。ワークスチームからも参戦があったが、トップカスタマーチームである「ティレル」のエース、ジャッキー・スチュワートが、開幕戦の南アフリカGPでデビュー戦でポールポジションを獲得。続くスペインGPにおいても優勝。ワークスチームのクリス・エイモンらの活躍もあり初年度でコンストラクターズ3位につけている。
青い個体はまさにスチュワートがドライブしたマシンそのもので、2016年6月に英国自動車博物館で撮影。
ロビン・ハードにとっては面目躍如と言ったところだったが、残念ながら、後が続かなかった。それでも、翌年用のマシン『711』はそれなりの成績を残してきたが、72年用の主力マシン『721X』は“最低最悪マシン”とのレッテルを貼られてしまう。
そこでマーチでは急遽、『721X』に代わるマシンを用意。それがF2用の市販マシン『722』をベースに、僅か9日間でF1マシンに仕立て上げた『721G』だ。 ちなみに、『721G』の“G”はギネスブック(Guinness Book)のGのことで、最速で仕上げられたマシンとしてギネス記録に認定されているのだ。
ノーズもおそらくは『マーチ722』と共通。そのためかフロントビューからは、国内のF2000レースで活躍した『マーチ722・BMW』の雄姿が思い起こされる。
『721G』の概略を紹介すると、市販F2モデルの『722』からモノコックを転用。これにV8のコスワースDFVエンジンをドッキングさせたうえで『721』用のサスペンションを組み付け、モノコックの両サイドにガスバッグ(燃料タンク)を内包したストラクチャーを装着したもの、ということになる。
『721』のコンポーネントを転用した前後サスペンション。フロントは上下Aアーム、リアはアッパーがIアーム、ロアにパラレルIアームを配し、上下1本ずつのラジアスロッドが加わる。当時としては典型的なアウトボード式のダブルウィッシュボーン・タイプ。リアのインボード式ブレーキが斬新さをアピールしている。
パワーは段違いだが、直4エンジンを搭載というところが共通していることから、F2とF3の基本設計が同じというケースは少なくない。
が、直4エンジンからV8エンジンに載せ換えるというのは、発想だけでなく技術的にも大変だったであろうことは想像に難くない。また別な見方をするなら、マーチの市販F2マシンは、F1にも転用できるほどオーバークォリティということになる。
F2マシンの『マーチ722』をベースにしているが、これぞF1と呼べるポイントが2つ。まずはF1“キットカー”と呼ばれたマシンの必須アイテムだったフォード・コスワースDFVエンジン。空力効果を狙ったか、後方に延ばされた形状がユニークだ。
そしてもう一つのポイントがバスタブ(モノコック)のサイドに取り付けられた燃料タンク。レース距離も長い上に、F2用の2リットル直4エンジンに比べるとF1用の3リットルV8のDFVは大喰らいだったから、これは仕方ないところ。
急拵えだった割にはワークスカーをドライブしたロニー・ピーターソンがドイツGPで3位入賞するなど、まずまずの成績を残したことでマーチ社は味をしめたか(?)、翌年以降もF2ベースのF1マシンを投入することになった。
展示パネルには72年モデルの『721G-3』とあった。だが1972年モデルではテーブル状のウイングを装着したノーズではなくコンベンショナルなウィングノーズに変更されていたはずで、詳細は不明。それにしてもマーチのメカニックは「お茶会は何時から?」と揶揄されたと聞くが納得だ。2016年6月にドニントン・グランプリ・コレクションで撮影したもの。