【KE-FJ-Ⅱ】
後にF1マシンを製作したKE(コジマ・エンジニアリング)が手掛けたFLが「KE-FJ-II」。アルミモノコックに前後ダブルウィッシュボーン・タイプのサスペンションを組み付けていたパッケージングはライバルと似ていたが、前後のサスペンションがロッキングアームを使ったインボード式となっていたのが大きな特徴だ。マツダのワークスドライバーだった片山義美選手が活躍し、ライバルを一蹴する速さを見せつけた。
SSOEに参加していたNo.17号車は、71年式のKE-FJ-IIとあったが、エンジンの両肩まで伸びたカウルは発展型のFJ-IIB用。オリジナルではリアもロッキングアーム式のインボードだったが、この個体はアウトボード式にコンバートされていた。その辺りの状況については取材が行きとどかなかった。ちなみに、FJ-Ⅰではスプリングにトーションバーを使用したが、FJ-IIではコンベンショナルなコイルスプリングに変更されている。
【アドバンスド・デザイン AD305(Advanced Design AD-305)】
FLが国内レース界で果たしてきた“役割”は実に多岐に及んでいて、レーシングドライバーの輩出・育成だけでなく、コンストラクターを育んできたのもその一つで、幾つものマシンがリリースされてきた。「AD305」もそんな1台だ。鋼管スペースフレームにFRP製の外皮をまとい、前後のサスペンションはアウトボード式のダブルウィッシュボーンを採用。コンベンショナルを絵に描いたようなパッケージだが、スムースな局面で構成されたカウルワークのデザインは秀逸である。
F1GPにも“キットカー”が活躍できる旧き良き時代があったが、当時のFLもそうだった。現オーナーの苦労の甲斐あってかコンディションは上々。改めて取材したい1台だ。
【ウエスト759(West 759)】
ベルコで修業した神谷誠二郎さんが、鈴鹿で興したベルコ・ウエストの処女作が「ウエスト759」。翌76年にはスポーツカーノーズにコンバートした769が登場している。759のネーミングは製造年(75年)と所属カテゴリー(FLは当時グループ9=リブレの範疇とされていた)を示す。
なお日本人として初のF1レギュラードライバーとなった中嶋悟さんがプロへの一歩を踏み出した、初めてドライブしたフォーミュラとしても知られる。
当時のF1GPで活躍していたブラバムBT42などにも似た三角断面のモノコック。フロントのウイングを取り去ってシャープなノーズを装着し、ラジエターはエンジンの両サイドにマウント。フロントサスはロッキングアームを使ったインボード式のダブルウィッシュボーン・タイプを採用するなど、メカニズム的にも随分斬新だった。