レーシングスーツは耐火性の鎧
近年はサーキットを走る走行会イベントが大盛況だ。参加型のモータースポーツも底辺を支えるエントラントが増加しており、モータースポーツファンとしては嬉しい限りだ。このような傾向になったのは「サーキットを走る」ということに対する敷居が低くなったことが上げられる。
以前ならサーキット走行するのは専用の車両やタイヤ、メカニックが必須であったが、今では市販車の性能が向上し、サーキット走行してそのまま自走で帰れるタフなスポーツモデルが増えたことの恩恵もある。またヘルメットを被れば、あとは長袖、長ズボン、グローブという軽装でOKというサーキット側の要求ルールが引き下げられてきたからでもあるだろう。
BMWなどは以前、サーキット試走会においてヘルメットも不要とアナウンスしていた事もあった。曰く「アウトバーンを200km/h以上で走る際にもヘルメットなど装着しないでしょう。BMW車は高速で走っても安全にできているから」という理由だった。
サーキットを走るドライバーの装備が簡略化されてきたのは、車両側の安全装備が高度に発展していることも大きな理由として上げられるのだ。
しかし、自動車はガソリン燃料を搭載し走っている。クラッシュして燃料漏出から発火することは十分あり得る。ルールでは許されていても自己責任であらゆる場面を想定した準備を心がけるべきだろう。
サーキット走行でマイヘルメットを用意し着用することは基本だが、ウェアにも注意を払ってもらいたい。ヘルメットが衝突の衝撃から頭部を保護するとしても、火災が起こったら身を守る装備はレーシングスーツの着用しかない。
レーシングスーツは難燃性の素材で作られていて、火災が起きてもすぐに燃え上がらずドライバーを守ってくれる。ただし勘違いしないで欲しいのは「燃えない」のではなく「燃えにくい」ということなのだ。レーシングスーツの耐火性能には厳しい基準がFIA(国際自動車連盟)により定められており、メーカー各社はそれを満たすように苦労して造り上げている。
その耐火性能は炎で炙っても10~20秒は燃えない、というレベル。例え燃え上がらなくても熱は伝わってくる。レーシングドライバーはレーシングスーツの下に、さらに難燃性素材のアンダーウェア着用を義務づけられており、さらにレース競技ではクラッシュから30秒以内に消化活動ができる態勢を整えておかなければならない、など厳しい規則が定められているのだ。
モータースポーツ競技を経験すると、こうした知識が養われ、長袖、長ズボンという出で立ちでは安心してコースインすることができなくなってくる。自分の身は自分で守ることが前提である以上、レーシングスーツもヘルメット同様に最低限の装備として着用すべきといえるだろう。
レーシングスーツにはまたドライバーが意識を失った際に車体から引き出すためのストラップが付いているが、近年では火炎が迫っていない場合はドライバーを車体から引き出す事をしないよう定めている。これは頸椎骨折など神経系のダメージを回避するためで、車体の中に置いたまま首を固定することが救出の第一歩になっている。そうした専門知識の無い者が無闇にドライバーを引きずりだすと、返って大きなダメージを負わせかねない。
敷居の下がったサーキット走行だが、できればレーサー並みのフル装備を着用し、正しい知識を学んで安全に走ってもらいたいものだ。