障がい者や高齢者の目線で企画
来年の東京パラリンピック開催もあり、障がい者スポーツへの注目が高まっている。競技に使用する車椅子といえば、ハの字型をした、クルマでいえばネガティブキャンバーのついたような車輪が目に付き、速度を競う競技では前輪がドラッグレースのトップフューエル車両のようにはるか前方に配置された形態もある。
足が不自由でも、持てる力を最大に発揮させようとする車椅子は、ひと言では語り尽くせない技術が集約されている。
一方で、一般に使われる車椅子は、できるだけ利用者の負担が少ないようにと、いわば原価も重視して作られる傾向にあるのではないか。私自身、入院のため使った車椅子は、必ずしも快適な座り心地ではなかった。さらに、主輪となる大きな車輪の取り付け位置は、座った人の背もたれの真下に位置し、廊下の角を曲がるたびに、背筋を中心に体が振り回されるかのような動きとなって、気分が悪くなってしまったものだ。
障がいの程度に限らず、高齢となって車椅子を利用する人が増える日本において、快適な車椅子の開発という視点も将来的に必要なのではないかと思われる。そうした取り組みが無いわけではないが、やはり高価になりがちなのも事実だ。
さて、暮らしのなかで障がい者や高齢者の息抜きの機会として、クルマでの外出が一つあるだろう。現在、より快適にできるようにした車椅子を、トヨタの福祉車両開発者が考案している。
下肢に力が十分に入らず、踏ん張ることのできない障がい者や高齢者は、クルマの発進停止、加減速、そしてカーブを曲がる際の遠心力に対し、体を支えにくい。結果、せっかく気晴らしになればというクルマでの外出が辛いものになってしまいがちだ。健常者も、座席の上で胡坐をかいたり正座をしたりしてみると、クルマの動きに対し体を支えにくいはず。その状態で長距離ドライブをするとしたら、同様の辛さを実感できるだろう。
「車椅子を利用する人がいかに快適にクルマで移動できるか」。
そこに注目したのが、トヨタのウェルチェアだ。座席部分が後ろへ約15度傾斜するチルトダウン機構が設けられており、これによって体を背もたれで支えることが可能。こうして、背もたれに体をあずけることにより、クルマの加減速やカーブでの遠心力に対し足や腕で支えるのではなく、背中で支えられるようになる。実際に試したが、実にラクであった。
なおかつ、車椅子に座った人の頭の位置が約10cm低くなるため、同乗者との高さが近くなって会話しやすい。しかもチルトアップすれば、通常の車椅子と同様に車外で移動できる。さらに、乗車した際に、シートベルトを掛けやすい手すりの構造にもなっており、介護者にも扱いやすい作りとなっていた。
自動車メーカーとして、単に福祉車両を製造するだけでなく、乗車時の快適性にも目を配り、なおかつクルマで移動するのに適した車椅子までトヨタが開発できたのは、開発者自身がかつてはシート設計者であったという経験が活かされている。
そして何より、製造業では言い古されている「三現主義=現場・現物・現実」を愚直に実行し、健常者ではなく障がい者や高齢者の目線で企画し、開発しようとする姿勢に負うところが大きい。
“お客様や利用者のため”と言葉では簡単にいえるが、それを言葉通り実行するには、本筋を追求しようとする熱意なくしては成しえないことである。