製造から廃棄までを含めた量を試算
G20大阪サミットのエネルギー・環境閣僚会合において、電気自動車(EV)の環境性能の検証法に、ウェル・トゥ・ホイール(WTW)と呼ばれ、燃料や電力の製造段階を含めクルマの利用から廃棄までを含めた二酸化炭素(CO2)排出量を反映することが議論された。
日本が、2030年度までに国内で導入する燃費基準では、世界ではじめてEVを含めたWTWの考えが採用される予定だ。ちょうどその動きに連動するかのように、EVの方がエンジン車よりCO2の排出量が多くなるとの報告があった。
SKYACTIVという独自のエンジン技術で注目を集めるマツダは、”SKYACTIV‐X”と名付けられる火花点火制御圧縮着火(SPCCI)による新パワーユニットをマツダ3に搭載するのを前に、今年3月に九州大学で開催された日本LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)学会研究発表会において、内燃機関(エンジン)のクルマとEVのCO2排出量の算定という試算を発表。これは、工学院大学との共同研究である。
その試算によると、日欧米において生涯走行距離20万kmを想定し、WTWによるCO2排出量を算定したところ、日本市場の場合、走行11万km強まではEVの方が生涯CO2の排出量が多く、そこからバッテリー交換を想定した16万kmまではEVのCO2排出量がエンジン車を下回るが、バッテリー交換をして乗り続けると再びEVのCO2排出量が多いと結論付けた。
EVがエンジン車よりCO2排出量が多いとの結論に、驚く人もあるのではないか。この試算には、クルマの製造/燃料の製造(発電)/使用/保守管理/廃棄の5段階におけるCO2排出量が評価に含まれている。
学術的研究であるため、資料が入手できる範囲が限られ、比較車種のエネルギー消費性能(燃費や電費)は2018年4月時点で販売されている車種から選ばれている。また、電力を必要とする部分においては、2013年の資料を基にしているという。
13年というと、11年3月の東日本大震災後であり、日本の電源構成比は極端に火力依存となった。火力への依存割合は、中国より多い状況。なおかつ、緊急で電力供給を補うため、休止していた石炭火力発電所を再稼働しており、火力発電の中でも石炭は天然ガスや石油に比べCO2排出量が多い実情がある。いわば、緊急対応時のCO2排出量を基にした試算といえる。
震災前まで、原子力発電比率は国内で25~30%に達していた。しかし、13年時点での異存はわずか1%に過ぎない。このため日本は、パリ協定(気候変動枠組条約締約国会議:COP21)になかなか署名できず、中国の方が先に署名したのであった。
そうした異常事態時における数値を基にした試算であることを念頭に置くべきだ。
原子力発電なくしてCO2削減はできない
パリ協定に調印した結果、日本は2030年までに13年に比べCO2排出量を26%削減しなければならない。こうなると、クルマの使用段階におけるCO2排出量は13年当時の電源構成比と異なり、大きく変わる可能性がある。日本のエネルギー基本計画では、30年での電源構成比について、パリ協定実行のため原子力発電の依存を20~22%へ高めるとしている。また、再生可能エネルギーの利用も増やすことで、排ガスゼロ発電が50%近くなる想定だ。
国内では、震災後の福島第一原子力発電所の後処理や復興の道のりのなかで、原子力発電に対する懸念が払拭できない状況にある。一方、海外においては、中国はもちろんのこと、米国、英国、カナダなどでは政府の予算を投入した次世代原子炉の開発と実用化が進められている。その現状については、改めて解説する予定だ。安全を最優先としながら、原子力を活用することを視野に入れなければ、世界的にCO2削減が難しいことを日本とドイツ以外の国では認識しはじめている。
もう一点、このマツダと工学院大学によるWTW試算のなかで、EVが16万km走行した際にバッテリー交換を行なうことによって、CO2排出量が再びエンジン車を上回ると示されたこと。
ところが、日産は初代リーフ発売前から、EV廃車後のリチウムイオンバッテリーの二次利用を視野に、フォーアールエナジー社を設立している。同社は、昨年4月に福島県の浪江町に工場を建設し、二次利用へ向けた事業を本格化した。
二次利用へ向けたリチウムイオンバッテリーのうち、選別された最上水準の中古バッテリーは、EV中古車の交換用として利用可能であり、価格も新品バッテリーの半分程度。選別の手間はかかるが、原料からバッテリーを製造するわけではないのでエネルギー消費は少なく、今回の試算で使われた新品バッテリー交換よりはるかに少ないCO2排出量であるはずだ。
ほかにも、EVはエンジン車と異なり、停車中にヴィークル・トゥ・ホーム(VtoH)やスマートグリッドのように、系統電力との連携や再生可能エネルギーの活用に役立てることが可能。日産の試算によれば、将来的には発電所の数を減らすこともあり得るとしている。
このように、過去の数値を基にしたクルマだけの価値としての試算は、未来を語ってはいないことに気づくべきである。そしてEVは、未来を築く乗り物であり、見かけはエンジン車と似ていても、その資質は単なる移動手段を超え、社会に貢献する能力を備える。
かつて、自動車メーカーが環境性能の指標として用いたタンク・トゥ・ホイールに比べ、走行時の環境負荷だけでなく、製造や保守管理までを含めた環境負荷の検討にWTWが活切る場面はある。だがそれは、いずれにしても過去の数値を基にした試算であるため、今を語ることはできても、未来は語れないのである。
今日、この梅雨の九州豪雨や、昨年の西日本豪雨、一昨年の九州北部豪雨など、気候変動による被害は甚大化。国の電源構成比を極力排ガスゼロへ近づけながらEVを普及していくことが、生活を守ることに役立つのである。クルマの価値をクルマだけで語る時代は、もはや終わっている。終えなければ、我々の暮らしの安全・安心が守れない時代となっていることを共有したい。