コンパクトな自走EVバスが社会問題を解決する
ソフトバンク傘下のSBドライブが実証実験を行ない、注目を浴びている“ハンドルがない”自動運転バスが「NAVIA ARMA(ナビア アルマ)」。運転手はおらずハンドルも不要なのは分かるが、果たして乗っても安心なのだろうか。乗り心地や未来の利用法なども含め、7月18日に東京都内で実施された試乗会の参加者に話を聞いてみた。
社会問題となっているバスの運転手不足や路線の減少・廃止が進む地方で高齢者などの“日常の足”として、現在様々な企業などが開発を進めている自動運転バス。中でも、最近大きな注目を集めているのが、SBドライブが2020年の国内実用化を目指し、全国各地で実証実験を行なう“ハンドルがない”モビリティだ。
フランスの車両メーカー、ナビアが製作したアルマは、バッテリーと電動モーターを搭載するEV(電気自動車)で、全長4760×全幅2110×全高2650mmのマイクロバス。自動運転を前提とするためハンドルはなく、乗車定員は11名。最高速度は約20km/hで、1回の充電で最大9時間の走行が可能だ。
自動運転の主なシステムは、GPSなどで自車位置を測定しながら、あらかじめ設定したルートを自律走行するというもの。3D LiDAR(3Dライダー)と呼ばれるレーザースキャナーも搭載し、人や障害物を検知して危険がある場合は自ら緊急停車する。
乗客はバスに乗り込むと、車内のタブレットに表示される地図を見て、降りたい場所にあるバス停の印を押すことで行き先を指定するだけでOK。じつに簡単にできる。
一般公道だったら不安は大きかった
実験が行なわれたのは、東京都内のプリンス芝公園という公園内にある1周約150m程度の円形遊歩道。他の車両が入らない完全クローズドコースの状態で、時速10km/h以下で走行。一般から募った参加者たちが乗客として試乗、1回の走行で5~6名が試乗を体験した。
そこで数名の試乗体験者に話を聞いてみた。まず、乗る前に車両の故障や暴走が起こる不安がなかったかの質問について。「多少はあったが、他の車両や歩行者がいない場所だったので、さほど大きな不安はなかった」という回答を数多く耳にした。
東京都在住のAさん(56歳・公務員)も、乗る前にさほど不安はなかった派。ただし、「もし公道での試乗だったら、初めて(自動運転バスに)乗ることもあり、もう少し不安は大きかったかもしれませんね。対向車や後続車が衝突してくることも考えられるので」と話す。
つまり、今回と違って人が運転する車両と一緒に走る一般公道の場合は、自動運転バスがいかに法規を守りきちんと走っていても、“何が起こるか分からない”という不安は残るということを意味している。また、一般的に自動運転車については、歩行者や自転車などの急な飛び出しに対し、「現在の技術で100%対応できるのか?」といった疑問の声も聞かれた。
クルマの自動運転技術は、高齢ドライバーの操作ミスによる事故を減らすことなどが期待されている。これは、運転手の高齢化が進む公共交通機関のバスでも同様。だが、その一方で、不確実な行動をする“歩行者”や“人が運転する車両”などにどう対処するかという問題は、現在まさに一般公道で自動運転車を走らせる際の大きな課題のひとつになっている。
発進や停車時がスムーズで、乗り心地は好印象
では、乗り心地について。これは多くの人たちが「想像していたより発進や停車がスムーズ」と好印象。今回は、走行ルート途中の路上にクマのぬいぐるみを置き、バスが近づいた時にそれを係員が急に拾いに行くという実験も実施。小さな女の子が落としたぬいぐるみを取りに突然道に飛び出したことを想定し、バスがきちんと検知して安全に停車できるかどうかの実験だ。
実際に、バスは見事に(女の子役をした)係員の約1.2m手前で緊急自動停止。その際も、埼玉県在住のBさん(41歳・公務員)によると、「車体が多少前のめりになりましたが、車内は安定していました」と、急停車時にも体が前方に持っていかれるなどの大きな挙動変化はなかったという。
地方の足や都会の渋滞軽減などに
また、乗ってみて自動運転バスの実用化は“あり”か“なし”かの質問についても、インタビューしたほとんどの人が「あり」と実用化について前向きの意見が多かった。
職場が郊外のため毎日地方へ通勤しているという東京都在住のCさん(42歳・会社員)は、「特に、田舎の過疎地は交通量も少ないため、自動運転バスを走らせても他車両との事故などは少ないはず。バス運転手の数も減少しているし、高齢者が病院などに行く足として、まずは地方での運用を優先するべきでしょうね」と語る。
逆に、都会でも走らせるべきだとの意見もあった。東京都内の企業に務めるDさん(55歳・会社員)は、「通勤でクルマを使う人が多い、朝夕のラッシュアワーの渋滞緩和策として、都内でも運用するべきですね」と話す。都心部では通勤でクルマを使う人を減らし、公共の自動運転バスを使えば、車体が小さいこともあり渋滞の緩和につながるというのだ。
大阪から東京出張のついでに参加したEさん(44歳・会社員)も、都心部での運行を望む。「運転手さんの負担はないのあれば、24時間運行して欲しい。会社から自宅までの距離があり、仕事終わりに遅くまで飲んだりすると帰りが大変なんです。深夜にタクシーで帰ると1万円以上。自動運転バスで1000円くらいで帰れるとありがたいです(笑)」。
なるほど、サラリーマンのシビアな懐具合が感じられるコメントだ。
地方のバス事業者も実用化に期待
SBドライブでは、この車両で2017年から実証実験を行なっており、東京だけでなく北海道や静岡など、今まで全国30ヶ所以上で試乗イベントやデモンストレーションを実施。今年(2019年)7月3日~5日には、ナンバーを取得して東京都港区イタリア街で初の公道実験も行っている。
同社の代表取締役社長 兼CEOの佐治友基氏は、アルマの実証実験についてこう語る。
「試乗して頂いた多くの方々から、『安心して乗れる』といった前向きなご意見を頂いています。また、地方都市などでバス事業を行われている企業様方からは、『自治体からコミュニティバスの運行を依頼されているが、運転手不足などで断っている。早く実用化して欲しい』といった声も頂いています。各方面から多数のご理解を頂戴しているため、実証実験はとてもやりやすいですね」
車内監視システムも開発
SBドライブでは、ほかにも自動運転バスを遠隔監視することで、安全な運行を行うためのシステム「Dispatcher(ディスパッチャー)」も開発、今回のアルマにも搭載されている。
例えば、運転手がいない自動運転バスで、乗客が急病などになった際に、車内設置したカメラで監視しているオペレータがバスを緊急停車。救急車両を呼ぶなどの措置を行うためのソリューションだ。
また、このシステムは、他にも小田急電鉄などの企業や各地方自治体と共同で実施している自動運転バス実証実験にも提供しており、今後の実用化に向けた様々な開発が進んでいる。
なお、今回の実証実験は、自動運転バスの実用化に向けて受容性や安全性などの調査を目的に、東京大学や次世代モビリティ研究センターなどで組織する「自動運転バス調査委員会」が主催(SBドライブも参画)。試乗会は取材翌日の7月19日まで開催された。自動運転バス調査委員会では、試乗した人たちの意見など様々な結果を踏まえ、目標とする2020年の実用化に向けた研究や検証などを続ける予定だ。
将来的にトヨタとソフトバンクのMONETへ
さらにSBドライブは、ソフトバンクとトヨタが2018年に設立したMONET(モネ)と今後密接な連携を取っていく可能性も考えられる。
2018年10月に設立されたモネは、MaaS(マース、Mobility as a Serviceの略)と呼ばれる、次世代モビリティサービスのプラットフォームの構築及び提供を目的とした会社。自動運転技術や次世代通信規格5G、スマートフォンアプリなど様々な先進テクノロジーを駆使し、鉄道やバスなどの交通機関に関わる新しいサービスの提供を目指す。
現在、トヨタとソフトバンクの他に、ホンダ、日野自動車、いすゞ、スズキ、スバル、ダイハツ、マツダも出資することが決まっており、今後国内の交通に関する大きな勢力になることが予想される。
そして、SBドライブが実施しているこのような実証実験や技術は、将来的にモネの事業に継承される可能性が高いだけに、モネの動向も含め今後も注目していきたいところだ。