無駄で贅沢なことこそ美学
日本を代表する高級セダンのトヨタ・クラウンをはじめ、ドイツのプレミアムブランドであるBMWやメルセデス・ベンツの主要モデル、さらにはイギリスのロールスロイスやアメリカのキャデラックなど、国を問わず高級セダンは駆動方式を後輪駆動(もしくは後輪駆動をベースとした4WD)としている。果たして、それらはどうして前輪駆動ではなく後輪駆動を採用するのだろうか。
そもそも、居住スペースを広げようとパッケージングを重視するなら前輪駆動としたほうが効率はいい。小型車がフロントエンジンの前輪駆動を採用するのは車体サイズのわりに室内を広げられるというメリットが大きく、高級セダンもパッケージング効率を最優先したいのであればFFとするのがもっとも合理的である。しかし、現実はそうではない。
後輪駆動のメリットとしては、優れたハンドリングやアクセルを踏み込んで曲がっていけるようなドライバビリティの向上があげられる。しかし、高級セダンに求められるかといえば、一部のスポーツセダンを除けば否だろう。高級セダンと後輪駆動を結び付ける理由としては弱い。
ほかに考えられる理由は、大きなエンジンを搭載できるから、というもの。前輪駆動の場合は基本的にはエンジンを横置きに搭載することになるので、車幅の関係からエンジンは最大でも6気筒が一般的。かつて8気筒を積んだ横置きモデルも市販されたが、設計に無理がありすぎたので現在は存在しない。
いっぽうエンジンを縦置きにする後輪駆動なら、ボンネットを伸ばすことで10気筒でも12気筒でも搭載可能。これは高級セダンにとって大きなメリットだ。
また「伝統と格式だから」という考え方もできる。高級セダンに求められることのひとつが「コンサバ」であり、高級セダンの伝統に反する前輪駆動は邪道という考えだ。
「スーツを着こなしてこそ一人前の社会人。クールビズなんてとんでもない」という考え方は、昨今は薄まっているとはいえ完全になくなったとは言えない。高級セダンオーナーを取り巻く環境としてそういった伝統や格式を重視する考えも残っているからこそ、自動車の歴史上アバンギャルドな前輪駆動ではカッコが付かないという見方もできる。
さらにいえば、効率を重視しない後輪駆動のパッケージングそのものが、前輪駆動に比べると優雅さの象徴といえるかもしれない。つまり、無駄で贅沢なことこそ美学なのだ。
エンジンを横置きとする前輪駆動レイアウトやその発展型4WDを核とするボルボやアウディ、そしてマツダが「美しいプロポーション」を求めて後輪駆動車のようにボンネットを長くするのを好む。それも、根底にあるのは時代が変わってもクルマ好きの脳裏へ潜在的に焼き付いている「優雅さの象徴としての後輪駆動への憧れ」といえるかもしれない。
ところで、現在は後輪駆動のセダンをラインナップしていないホンダだが、電気自動車専用のプラットフォームでは車体サイズや車両ジャンルを問わず前輪駆動ではなくモーターを車体後部に積む後輪駆動(もしくはそれベースの4WD)化するという。
その理由として大きいのは「荷室下にモーターを積んだほうがパッケージングの効率がいい」こと。さらには「後輪駆動のほうが楽しいから」と開発エンジニアは言う。EV時代になると、現在とは違う意味から後輪駆動車が増える可能性もあるのだ。