ダイムラーの進出を盟友スタインウェイが後押し
スタインウェイとダイムラーの深い絆を紹介する前に、「ゴットリーブ・ダイムラー」について説明しておこう。
ゴットリーブ・ダイムラー(1834-1900年)は、若い頃からあらゆる交通手段に自動的に動かせるシステム、即ちエンジン製造に熱意を燃やしていた。
38歳にしてすでに業界のエキスパートに達していたダイムラーは、1872年にドイツ・ガス・エンジン製造会社のテクニカル・マネージャーに迎えられた。そして、ヴィルヘルム・マイバッハと運命的な出会いを果たし、ダイムラーの軽量高回転エンジンの構想を推進。
遂に1883年12月16日、世界初のガソリン・エンジンの開発に成功したのである(エンジンの馬力当り重量は800~900rpm/hにおいて80kg:1psであった)。
世界初のガソリン自動車を生み出す
このエンジンはシンプルなホットチューブ・イグニッションを備え、特許も取得。ダイムラーはマイバッハの協力により、1885年11月10日にこのエンジンを初めて2輪車に搭載。これが世界初のオートバイとなった。
次いで、1886年には4輪車にも同エンジンが載せられ、世界初のガソリン自動車が誕生したのである。
さらに、モーターボートにもこのエンジンが取り付けられた。1886年、ダイムラーはガソリン・エンジンつきボートをフランクフルトのレガッタ・クラブの要請で造りあげ、初めてネッカー川で実験し、1888年にはこのマリー号がビスマルク宰相に引き渡されたと言われている。
また、1888年8月12日には、ライプチッヒの書籍販売業・ヴェルフェルト所有の飛行船にも4psエンジンを搭載し、ドイツの都市であるカンシュタットを飛び立ちコルンヴェスゼイムまでの約4kmを飛行したのだ。
このように、ダイムラーは初めから「陸・海・空」のあらゆる種類の乗り物にガソリン・エンジンを普及させようと考えていた。そこで、陸・海・空を意味するシンボルとして「スリーポインテッドスター」を考案。現在のメルセデス・ベンツのシンボルの源流となったのだ。
海外に躍進しフランスやアメリカへ
1890年に「ダイムラー・エンジン会社」を設立。海外と利益関係を結ぶための活動を本格的に開始した。
彼は海外進出こそ将来、自分の理想を大きく膨らませるカギとなると確信していたため、1889年にフランスの自動車生産を盛り上げたパナール・ルバッソール社と契約を締結していた。
そして運命の1891年、アメリカでダイムラーが作った高速エンジンとその様々な利用法を広めたニューヨークのピアノメーカー、スタインウェイ&サンズと契約を結び(なりそめは後述)、同じニューヨークにダイムラー・モーター会社を設立するに至ったのだ。
ダイムラー製品のライセンス生産がきっかけ
本題に戻そう。時は1888年。
スタインウェイ&サンズの創立者ハインリッヒ・エンゲルハルト・スタインヴェグの四男ウィリアム・スタインウェイは故郷ドイツを訪問した際、ゴットリーブ・ダイムラーと知り合い、ダイムラー製品をアメリカでライセンス生産する事について話し合いを重ねた。
結果、交渉はうまくまとまり、ウィリアム・スタインウェイは、前述の通り、アメリカのニューヨーク州ロングアイランドに合弁会社「ダイムラー・モーター会社」を設立。
その契約には、定置型及び船舶用エンジンの生産を行なうという条項も含まれた。つまり、ドイツ本国のダイムラー・エンジン会社は欧州自動車メーカーとして初めてアメリカに進出したのだ。
2社は、ゴットリーブ・ダイムラーのパートナーで、天才技術者であるヴィルヘルム・マイバッハが設計した「35PSメルセデス(1901年)」を初めてニューヨーク向けに出荷。また、ゴットリーブ・ダイムラーが描いたオリジナル図面を用いて、アメリカ初の本格自動車エンジンをライセンス生産するなど多くの事業を手掛ける。
他にも、ウィリアム・スタイウェイはゴットリーブ・ダイムラーのガソリン・エンジン(1891年)のアメリカにおける権利を保有、ニューヨークのアストリアで造ったヨットやモーターカーに搭載したりもしている。
この深い絆を現在に伝えるため、2008年にシュツットガルトのリーダーハレにおいて、メルセデスとスタインウェイはドイツ生まれの世界的ピアニストであるラルス・フォークトを迎えて、120周年記念コンサートを開催した。2011年には日本でもスタインウェイのピアノ演奏とメルセデス・ベンツ展示会のコラボイベントがメルセデス・ベンツ楠で行なわれたのである。
なお、オーストリア・ウィーンのウィーン楽友協会で毎年開催されているニューイヤーコンサートでもスタインウェイのピアノは使用されている。
ちなみに、この建物は世界最高峰のオーケストラ・ウィーンフィルの本拠地である。
常に「最高と比類なき製品」造りにこだわり続ける理念は、現在のメルセデス・ベンツとスタインウェイの両会社にも共通し今も脈々と引き継がれている。
◎参考文献&写真=メルセデス・ベンツミュージアム&マガジン
◎撮影協力&カタログ=島村楽器株式会社(グランフロント大阪ショップ)
◎ウィーンフィルの本拠地・ウィーン楽友協会及びコンサート写真提供&監修=Shoichi Yatsu