限定車「GT-FOUR RC」をWRCカー仕様に
1989年に発売、トヨタがWRC(世界ラリー選手権)に投入し大活躍した「セリカGT-FOUR」。リトラクタブルヘッドライトが特徴的なこの5代目モデルをベースに、当時のスター・ドライバーだったカルロス・サインツ選手が駆る仕様にしたのがこのクルマ。
トヨタ主催のファン感謝祭「TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL 2019(12月15日、静岡県・富士スピードウェイ)」のオーナーズクラブ・ミーティングで出会った熱田 剛さんの愛車は、少年時代の夢を詰め込んだ特別な一台だ。
いつか乗りたいと夢見た「世界5000台」限定車
「セリカGT-FOUR RC」だけのオーナーズクラブに所属、新潟市内で自動車ディーラーのメカニックを務めるという熱田さんは、現在42歳。セリカGT-FOURをベースにしたトヨタのWRCワークスマシンに出会ったのは、約27年前の1992年だ。
当時、クルマ好きの中学2年生だった熱田さんは、雑誌などの記事でWRCの存在を知り、虜になる。特に、1990年と1992年にWRCの年間ドライバーズチャンピオンに輝いた、スペイン出身のカルロス・サインツ選手に憬れる。
また、1992年にサインツ選手がチャンピオンを獲得した際のマシン、セリカGT-FOUR RCにもぞっこん。「いつか乗ってみたい」と夢を膨らませていた。
ちなみに、セリカGT-FOUR RCは、当時のWRCレース規定で、一定台数を市販しなければならないホモロゲーション制度があり、トヨタが全世界で5000台、国内では1800台のみ販売した限定車。海外ではモデル名も「セリカ4WD カルロス・サインツ エディション」とネーミングされており、当時いかにトヨタのWRCマシンと、サインツ選手が世界的な人気を博していたかがよく分かる。
カッティングシートでグラフィックを再現
熱田さんは、18歳で運転免許を取ると、1996年に真っ白なボディのセリカGT-FOUR RCを中古車で購入。ラリーカーに詳しいカーショップ「オートスポーツイワセ」に依頼して、カッティングシートでWRCラリーカーのディカールやグラフィックなどを再現してもらった。
参考にしたのは、当時販売されていたタミヤのラジコンカー。1992年にサインツが乗ったマシンの1/10スケール版で、それを元にフロントバンパーにあるナンバーやスポンサーロゴなど、細部にまでこだわって仕上げてもらっている。
また、熱田さんの「RC」熱はそのままで収まらず、2000年には保管用にセリカGT-FOUR RCをもう1台購入。こちらは、グラフィックなどを貼らず、ノーマルのまま屋根付きのガレージに大事に保管していた。
一度は諦めたWRCカー
ところが、15年程前に、諸事情により、せっかくサインツ仕様に仕上げたお気に入りの1台目を、泣く泣く手放さなければならなくなる。1999年にトヨタがWRCから撤退したこともあり、2台目を再度カスタマイズする気持ちもおきず、しばらくノーマルのまま所有することに。
そこにきて、2017年にトヨタがWRCに復活。ヤリスWRCが大活躍し、2018年には復帰2年目でマニファクチャラーズ・タイトルを獲得。2019年シーズンも大きく活躍したことで、熱田さんの「WRC魂」に再び火がつく。
ホイールも当時ものが復刻
ガレージからノーマルの2台目を引っ張り出し、1台目のカスタマイズをお願いしたショップに再度サインツ仕様にするために、グラフィックなどの製作を依頼。
ホイールも、当時のWRCマシンに装着されていたOZレーシング・ラリーレーシングの17インチが復刻されたため、それを装着。ドアミラーは、オートショップイワセのオリジナルを装備、マッドフラップ(泥よけ)は自作して装着している。
当時のラリーカーは市販車がベースのため、大がかりなボディ加工などは不用だが、その分細かい箇所までオリジナルのサインツ仕様を再び忠実に再現していき、ようやく2019年秋頃に完成したという。
家族の応援も後押し
一度は諦めた少年時代の夢。それをもう一度取り戻したお気に入りの1台に、熱田さんは思い入れたっぷりの眼差しを送る。一緒に来ていた奥様も、再度このクルマをカスタマイズする際に「どうせやるなら、しっかりとやり遂げて欲しい」と応援。完成後は、助手席に座り街中を走っていると「多くの人から見られますが、もう慣れました」と笑顔で語ってくれた。
クルマ道楽は、家族によき理解者がいてこそできる、そう実感させてくれるご夫婦だった。そして、休日の趣味が充実してこそ、明日の仕事にも“張り”がでるのだろう。