アバルトの楽しさが高密度で凝縮されてる1台
695セッタンタ・アニヴェルサーリオを走らせたのは、一般道をおよそ45分、イベント会場の3kmほどの特設コース2周のみというシチュエーションだった。
ベースとなったのは595の最強版であるコンペティツィオーネで、基本的な乗り味にも変わりはない。シリーズの中でも最もパワフルで、とりわけ中回転域からの伸び感が素晴らしく気持ちいい180馬力に250N・mの1.4リッターターボ。コニのFSDダンパーと強化スプリングを備える、ギュッと引き締まったサスペンション。制動力の高さはもちろんのこと、旋回のための姿勢作りにも好都合なブレンボ製キャリパーとスポーツパッドを持つブレーキ・システム。ダイナミズムそのものといえるその走りっぷりに、不満はない。チンクエチェント・ベースのアバルトの楽しさが高密度で凝縮されてる感じだ。
肝心要のルーフエンドスポイラーについては、走らせた速度域が全体的に低かったし、角度を変えてのテストもできなかったから、あくまでも限定的なお話しかできない。ただ、特設コースの中に1箇所だけ3速全開から僅かにアクセルを戻す程度の減速で入っていく高速コーナーがあって、そこでは「あれ?」と感じられるものがあった。路面は駐車場のそれそのものだからμ(ミュー:摩擦係数)だって低いのに、通常の595よりもリアタイヤが少ししっかりめに接地して安定感が増してるような気配が、確かにあったのだ。空気の力でリアタイヤが強めに路面へと押しつけられてるのだろう。速度域の高いサーキットなどで走らせてみたら、効果はもっとはっきり感じられるに違いない。
機構的な面を見て大きく異なってるのはそこだけで、エンジンもサスペンションもブレーキも特別なチューンを受けてるわけではないが、僕はそこもアバルトらしいところだと感じている。というのも、アバルトは確かにベース車とは較べられないほど速いクルマを仕立て上げるブランドではあるけど、ロードカー作りに限っては、昔から街中での乗りやすさを無視するようなチューンナップはしてこなかった。普段乗りのストリートで乗りにくいと楽しさがスポイルされちゃうということを、よく解ってるのだ。現在の595が積む1.4リッターターボでは、コンペティツィオーネのチューニングがちょうどギリギリ辺りのところにある。乗りやすさが残っていて充分に速くて楽しいパワートレーンがすでにあるのだから、それ以上の領域にはあえて踏み込まない。そうした伝統的な寸止めの美学のようなものが感じられるのだ。
自らの歴史に対するリスペクトの気持ちを、ただ振り返って懐かしんだり再確認したりするだけじゃなく、自らのクルマにふんだんに盛り込んで“今”を楽しむために活かしていく。そういう表現方法があるのだな……。そう感じたとき、このクルマが何倍も魅力的に思えてきた。