FCAヘリテージHUBのアバルト2台に乗った
アバルト・ディズの取材や、695セッタンタ・アニヴェルサーリオに試乗したりするために伊ミラノに出向く数日前、僕はトリノのミラノフィオーリにある「ヘリテイジHUB」にお邪魔していた。FCAグループのイタリアンブランドの歴史車貯蔵庫というべき場所で、貴重なクルマが広大な敷地の中にクチがあんぐり開いちゃうほど数多く、整然と並べられている。
アルファロメオについては、ミラノ郊外のアレーゼに“ムゼオ・アルファロメオ”、フィアットについては同じトリノ市内に“チェントロ・ストリコ・フィアット”と、それぞれ専門のミュージアムが存在。ランチアとアバルトが中心となっていて、現在は一般公開はしていないが、それに向けての準備を進めているという。(下写真はランチア・ラリー)
ちなみにアバルトにまつわる車両としては、こんな貴重なモデルが並べられていた。熱心なファンならば、感激するだろう。(下写真はフィアット・アバルト124ラリー)
だが、ジョリートさんにお話をうかがった後もクルマを見回っていたら、現場担当の責任者が展示車両のフィアット・アバルト2400クーペ・アレマーノを指差して、「乗ってみるか?」と。まるで夢を見ているようで、どうしてこうなったと気持ちになったのだが(取材に同行したFCAジャパン広報の坂本さんが私の経歴を知っていて強力に推薦してくれたらしい)、もちろんお断りする理由なんてない。こうした年式のクルマにダメージを与えず走らせるスキルぐらいは持っているのだから。
144馬力とは思えない力強い走りを披露
2400クーペ・アレマーノは、アバルトにしては珍しい大排気量のラグジュアリーグランツーリスモ。ベースとなったのはフィアット2100ベルリーナで、ホイールベースを200mm縮めたプラットフォームに、ミケロッティがデザインし、カロッツェリア・アレマーノが製作した2+2のクーペ・ボディを架装している。
1959年に2200クーペ・アレマーノとしてスタートしているが、1961年に排気量を拡大して2400クーペ・アレマーノへと進化。アウレリオ・ランプレディ設計の直列6気筒OHVエンジンは144馬力を発揮して、最高速度は200km/hを突破した。
エンジンは一発で始動。アイドリングも極めて安定。FCAヘリテイジ部門が管理してるクルマらしく、コンディションは抜群に良さそうだ。暖機の後にギアを1速にエンゲージすると、カチリと確実なタッチが伝わってくる。そしてアイドリングのままクラッチを繋ぐと、クーペ・アレマーノは滑るように、じつにスムーズに走り出した。
サスペンションもしなやかにストロークして、乗り心地も文句なし。アバルトなのにレーシングカーライクなところはなく、当時のクルマにしては驚くほどに出来映えのいい、速くて気持ちのいいGTカーだ。洒落者であり、自身もクルマ好きだったカルロ・アバルトが日常の足として愛用したのは、そうしたキャラクターがあったからなのだろう。
現代の技術でより精密に再生産されたフィアット・アバルト595
驚きは、そこでは止まらなかった。2400クーペ・アレマーノのシートから滑り出て美しいフォルムを眺めていると、件の現場責任者がニコニコしながら、「古いクルマの扱いに慣れてるのは音を聞いてて解ったから、こっちもどうだ?」と、丸くて小さいヤツを指差したのだ。
フィアット・アバルト595。より正確にいうなら、1974年式のフィアット500に現在のアバルト(というかFCAヘリテイジ部門)が新たに復活(?)させた“595チューンナップキット”を組み込んだものである。
いわば、最新のフィアット・アバルト595ともいうべき個体。FCAがヒストリックカー・イベントなどで公式的なデモンストレーションなどで走らせている1台だ。
もちろんお断りなんてしない。ダブルクラッチを使いながら走らせてみると、この595は“マジか?”というくらいに速い。新車のような状態がキープされたメンテの行き届いた個体であることも要因だろうが、現代の技術でより精密に再生産されたキットを正確に組み込んでいることもあるのだろう。
これまで何度かクラシック595を試乗させていただいた経験はあるけれど、そうした記憶のどれよりも速い。排気量の小ささを感じさせないぐらいに低回転域から力強く、素晴らしく乗りやすい。しかも、そのキットは、どうやら一般のユーザーでも手に入れることができるそうだ。それにはちょっとばかり感激させられた。
FCAがここ数年の間にヘリテイジ部門を強化してきてることは知ってたけれど、そのアクションのひとつがこういう幸せなかたちに結びついてることまでは想像していなかった。本当に素晴らしいことだと思う。それもこれも、カルロ・アバルトというひとりの男がチューニングキットというものを世に送り出して、世界中のクルマ好きを熱狂させたという史実があるからだ。
あらためてパイオニアとしてのカルロ・アバルトの、そしてアバルト&C.の凄さというものを思い知らされた。
アバルト設立70周年。1949年には僕はまだ影も形もなかったけれど、できることならカルロ・アバルトと会って、色々とお話を訊いてみたかった……。心の底からそう感じている。