運転操作で大切なのは「慌てない」心
近年、社会問題となっている高齢者の「ペダル踏み間違い」などによる重大事故。これを防ぐには、よく「免許返納」などが焦点となっているが、果たして高齢者は自ら運転することを諦めるべきなのか? 自らもベテランドライバーである筆者がその豊富な経験を交えながら、“高齢者が運転する”ことを前提とした事故の防止法などを紹介する。
目の衰えを感じたら注意
ペダルの踏み損ないは、私自身危うくしてしまいそうになった経験がある。実際、60歳を前にして老眼の影響で夕暮れ時や夜明けなどでの見難さを実感してきたし、60歳を過ぎてからは体の衰えを、1年ごとに実感する始末である。
そうした体の変調は、人によっても差があり、単に年齢だけで運転が危ないことにはならないと思う。とはいえ、老眼がはじまった時点で、体の衰えが起きるきっかけと意識するのも一つの戒めになるのではないか。人は、情報の9割を目に依存しているといわれ、運転も、手足での技能はともかくも、安全確保の基本は目による情報収集と状況の確認であるから、目の衰えは体の衰えを意識するよいきっかけになるだろう。
もう一つ、これも精神的な話になるが、ハンドルを握ったら慌てないこと。たとえ周囲にせかされたとしても、手順を確認しながらの操作は、数秒遅れるか遅れないかのわずかな時間であり、そこを省いて万一の事故になれば、何時間も何日も無駄にすることになる。
自分の無駄だけでなく、被害者となる相手に対しても人生の時間をその事故への対応のため無駄にさせることになるわけだ。それは賠償という金銭的な補償だけで取り返せることではない。
慌てないと肝に銘じていても、いざその時になれば気持ちがせいてしまうものだ。しかし、そういうときこそ、一息ついて操作を確実に意識し、確認しながら行うことが肝心だ。
また、体調や天候、あるいは夜間など、運転に自信のないときは、タクシーを利用する選択肢も日ごろから考えておくといい。タクシー代が余計に掛かると思いがちだが、万一の事故を思えば大した金額ではない。
運転姿勢を正しく取る方法
そのうえで、改めてペダル操作を失敗しないために、まずは運転姿勢を正しくとること。何十年も運転してきた経験で、何気なく運転席に腰かけているのではないか。ここは意識して、運転姿勢の確認をしてから、クルマを始動するようにしたい。
正しい運転姿勢をとるための手順は、まず、右足でブレーキペダルをしっかり踏み込み、それでなおかつ膝にゆとりが残る位置に座席を前後調節する。このとき、座席の奥まで腰をしっかり押し込んでおくことが肝心だ。
次に、ハンドルの上端部を両手で握り、肘にゆとりができる位置に背もたれを調節する。どれくらいのゆとりが必要かについては、ハンドルを切りこんでいったときにハンドルの頂点を過ぎるまで片方の手を握り続けたと想定し、たとえば右手ならハンドルの頂点を過ぎた左側まで手を伸ばし、ハンドルから手が離れないようにする。そのとき、背もたれから肩が離れないことも確認点の一つだ。そのうえでハンドルの頂点を両手で握ると、肘にゆとりができているはずだ。それがゆとりの目安になる。
このとき、ハンドルにチルトとテレスコピックの調整機能がついていたら、これを使ってハンドルの高さと、遠近の調整に活用するといい。
ハンドル位置が高すぎると、ハンドルを回した際に手が届きにくくなる。前方も見にくくなるかもしれない。逆に低すぎると、ペダル操作をする足とハンドルが触れてしまい、ペダル操作をしにくくなることがある。
ハンドル位置が遠すぎると、ハンドルを回す際に手が届かなくなって、背もたれから肩が離れてしまう。こうなると、運転姿勢を保ちにくくなり、体がずれるし、目線も動いて、ハンドル操作をやり損なう場合がある。
正しい運転姿勢がとれたら、次に、ルームミラーとドアミラーの調節を行う。それまで無意識に座り、運転していたときと、着座位置が変わってミラーを確認しにくくなっているかもしれない。
ペダルの操作に、なぜミラー調整が関わるかというと、ミラーを使って周囲の状況を確認し、認識しておくことが、慌てないための予防となるからだ。周囲の状況に無関心でいると、いざ車線変更や右左折をしようとしたときに他車の存在にはじめて気づき、慌ててしまう可能性がある。
また停車した状態からの発進でも、ミラーで周囲を確認することを忘れずにいれば、他車の動きや人の飛び出しなどへあらかじめ警戒心が働き、そのあとの始動とシフト操作なども、的確に間違いなく操作しようとする心持ちになる。
そもそも人は今のクルマの速さに不慣れ
以上述べてきたように、一番の注意点は「気持ち」と「心」である。
人間は、最速の走りで100mを10秒切るかどうかが身体能力の限界と言われている。それは、クルマと同じ時速に換算すると36km/hになる。これでも1秒間に10mは走ってしまうのだから、その間に事故を起こす可能性はゼロではない。まして、市街地走行での40km/hや、高速道路での100km/hともなれば、身体機能の限界を超えた速さである。
19世紀の末に、ガソリンエンジンの自動車が発明されるまで、欧米には馬車の時代があった。馬車の速さは、およそ15km/hである。馬に人が乗って走った場合でも20~30km/hで、競馬のように短距離を疾走したときでさえ60km/hだ。
つまり、人間という生き物が、過去数千年経験してきた速さの上限が60km/h(短距離走の選手でなければ20~30km/h)であり、クルマはそれ以上の速さを実現した。だが、その歴史はまだ135年に満たない。身体能力という点において、そうした高い速度に人はまだ不慣れであるといっていい。
それであればこそ、クルマの運転で失敗をしないためにはまず心構えが必要であり、慌てず確実な操作に徹するしか予防法はないのである。
同時にまた、そうした的確な運転操作を行える運転姿勢の調節機構は、廉価な車種から高級車まで省いてはならないのであって、廉価な車種の調整機能を省く自動車メーカーは、たとえ名のある企業であってもクルマを販売する資格はないといえる。