感性でクルマのスタイリングを創造する
吉田武という唯一無二の人生
アフターパーツ業界のご意見番として、新規パーツ開発で辛口の意見を求められることが多い
老舗プロショップ「オートスタイリングショップ・ドルト」代表取締役社長の吉田武氏。ドイツ車
を愛し、頑固一徹、確固たる哲学を持ちながら 独特の感性と演出力で、広くユーザーの心を掴
み続けている。afimp11月号(2019年10月10日発売)で掲載しました”afimpweb”連動企画、
ミスター・ドルト吉田武氏のロングインタビュー続編です。
インポートカーのプロショップとして、開業から31年を迎えたドルト。 業界では押しも押されぬ老舗であり、その代表である吉田武サンは、プロフェッショナルからも頼りにされる存在。いわばこの世界のご意見番だ。
愛知県一宮、名神高速をクルマで走ると目にするのがドイツ国旗を模したドルトの看板が目に入る。ドイツ人に不思議がられるドルトという店名の由来からプロショップオープンまでの経緯を語る。
「商品を勧めるときボクの頭の中にはお客様がどんな乗り方をしているのか? ということが沢山
頭に入っている」という天性のカースタイリストである吉田氏の言葉に注目ください。
「クルマに大切なのはファッション。どんな風にパーツをミックスするかがポイント」だと語る
吉田サン。
今の輸入車シーンを見て、思うことは何だろうか?
「やっぱりSNSやインターネットの普及ですよね。ある女の子がアウディTTに乗っていて、サスペンションが欲しかった。そうすると、ネットで知り合ったオーナーの仲間たちが色々と言うらしいんです。相手が女の子だから、余計に男は口を挟んでくる(笑)。『KWは車高が下がりすぎる』とか『ビルシュタインは硬い』とか、色んなことを言われてわからなくなってしまった。結局彼女はウチでKWのバージョン2を買ってくれたんですが、非常に満足してもらうことができました」
その後はオイル交換をしに来てくれるようになり、色々な話をして、つきあいが自然と深まった
という。
「ネットの情報は、広いようで偏っているんです。なぜならユーザーが自分の選んだものだけで語っていますから。そして自分が選んだものは、やっぱり悪く言いたくない(笑)。でも実際は、シチュエーションによってそれぞれのメーカーの良さって、変わってくるんです。それを経験として知らずに、お構いなしにネットで拡散するから偏ってしまう」
またショップが独自に行うブログにも、吉田サンは懐疑的だった。
「ネットは、自分をアピールするにはいい方法。でもそれは、決してユーザーにとって最善の答えではないということを忘れてはいけない。チューニングのノウハウをSNSやブログで見せてしまうのもちょっと疑問ですね。そうすることで経験のないユーザーを、あたまでっかちにしてしまう気がするんです。プロとしては当たり前の作業なんだから、言うべきことでもないと思う。今の風潮なのかも知れないですけどね」
ドルトの31年と照らし合わせて、チューニングのトレンドがどんな風に変わっていったのかも聞い
てみた。
「昔はハードチューニングの時代ですよね。タービンを換えたり付けたりするようなことも当たり前にやっていました。速いクルマを作っても、それが憧れこそすれあまり問題視されない大らかな時代でしたね。そして今はソフト路線。ソフトなチューニングを、いかにハードっぽくアピールするか? という風潮になっていると思います。ディーラーで点検することも大切だから車高を確保したり、付けたパーツがすぐ元に戻せることをみんな望みますね。でも、このソフトな状況を見て、敢えてハード路線を特徴にしているショップも出てきたね」
ユーザーの質も変わってきた。
「ボクたちが若い頃は、クルマがなければ、どうにもならなかったでしょ? 女の子がいる現場まで、行かなくちゃならないんだから。そうなるとクルマも、カッコよくしなきゃいけない(笑)。『かっこいいクルマね、誰の?』なんて言われて、『オレの、オレの! ドライブ行こうよ!』って言える文化だったんす。でも、今は違う。私にも息子がいるんでわかるんですが、いまはSNSで出会いがありますから。わざわざ探しに行かなくても、会いに行かなくても顔が見える」
ただ、その便利さが不便さも生む。
「常に携帯を見て、オンとオフを区別しにくくなるのもクリエイティブさを育てる上ではよくないと思います。かつて女房が会社の側に家を買おうと言ったときも、ボクは嫌だ! と言った(笑)。家を出て、クルマを運転して、走っているうちにスイッチを入れる。そういう時間が必要なんですよね。趣味が仕事みたいなものだから変な話ですが、日常が仕事なら、家にいるときが非日常。このときに縛られたくない」
「たまたま人間ドックに入ったとき、癌検診をいれたら見つかったんです」
なんと膵臓癌だった。「すぐに手術を!」ということになったが、吉田さんはセカンドオピニオンを求めた。
「愛知がんセンターに行くと『今手術をしたら、半年もたないでしょう。代わりに今から、手術をす
るための体を作る治療をしてみましょう』と言われたんです」
そこから吉田サンは半年間放射線と抗がん剤治療を行った。その時既に、胃の静脈にも癌は転移し
ていた。そこから体を作って、手術をした。術後の様子が良いからと再発予防の抗がん剤治療を始め、
3kgやせては3kgもどす。そんな毎日が続いた。
「3年間、3ヶ月に1回、今は半年に1回検診を受けています。半年超えたときに先生が『まずは、生還できたね』と言って、5年立ったときに初めて『吉田サン、奇跡の生還だね!』と言ったんです(笑)」
それも人に恵まれた結果だと、吉田サンは語った。
「私は人に恵まれている」と言う言葉は、成功者たちが常に語る言葉でもある。では、どうやれば人に恵まれることができるのだろう?
「難しく考えたらだめです。簡単に言うと、バカになれということでしょうね。たとえ人にダマされたとしても、許せる自分がいるかどうか」
もちろん若いときは許せないことが多かった。吉田サンもダマされたことは一度や二度ではないという。しかしそれ以上に、良い出会いが多かったということなのだ。
「ドルトをやっていて、危機はたったの2回。ひとつは前の店で借りていた駐車場がマンションになるから、クルマがおけなくなってしまったこと。それで今の店舗に引っ越したんです。そしてふたつめは病気」
逆に言えば、仕事に対する危機という危機はなかったことになる。それだけ吉田サンは、楽しみながら
仕事をしてきたというだ。そして吉田サンは、ドルトの将来を少し語った。
「ドルトは、私の好きでやってきた会社だから、私の代でやめよう。そう思ってきたんです。でも、回りがうるさくてねぇ…(笑)。では残そう、会社らしくして行こうと。4年前からうちの次男坊が阿部商会にいるのですが、それが来年の4月に戻ってきます。すぐに一人前にはなれないですから、スタッフに助けてもらいながらね。次の時代に入る上で、“吉田武のドルト”はなくてもいい。あってもよいけど、次の時代の人のドルトにして欲しいんです。私の作ったドルトを継承する必要はない。なぜなら“感性”って、クチで言っても絶対に伝わらないんです。自分の考えていることって、100%は伝えられないですよね? 結局相手がそれをどう判断するかなんですだから息子たちの世代がどうやって自分なりのドルトを作り上げて行くか、とても楽しみにしています。私は好きな時間に会社へ行き、好きな時間に帰る生活をしようと思ってますよ(笑)」
そう語った吉田サンだが、まだまだ現役を簡単に退くことはできないだろう。なぜなら長い時間をかけて
築き上げてきたユーザーとの関係が親から子へと受け継がれ、吉田サンを慕ってドルトに訪れるからである。
最後に吉田サンが、一番理想とするチューニング像とは何か? を聞いた。
「レイズの山口サンに以前『大人かっこいいを目指そうよ』と言ったことがあります。たとえばホテルマンがクルマを受けたとき、自然といい対応をしてくれるようなクルマ。街中に停まっているのを見て、思わず振り返るようなクルマ。 ふっと見られるか。じーっとみられるか。振り替えさせることができるか?色々だけれど、ボクはフッと振り返られるようなクルマが好き。それは感性ですよね。なかなか言葉では表しにくいですが、ボクの中では、ACシュニッツァーが一番の見本となっている。だからレイズさんにデモカー作るときも『コテコテはやんねぇよ!』と言ったんです(笑)」
さりげなく仕上げたリーゼントと細身で飾らない着こなし。かっこいい人である。