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なぜ、センチュリーは本革シートを採用しない? 意外と多かった布シートのメリット

後席に乗る人が理想とする上質な心地よさ

 2018年にフルモデルチェンジを行なって3代目となった、トヨタのショーファーカー「センチュリー」のシートは、ウール(羊毛)100%の表皮が標準仕様である。

 高級車といえば、英国のロールス・ロイスやジャガーなどにコノリーレザーが使われてきたように、本革というのが日本でも憧れの内装だ。コノリーは、現在の英国女王であるエリザベス2世によって王室御用達になるなど、高級車以外では英国の馬車の座席にも使われ、日本車ではレクサスなどで採用された。

 米国でも広く本革シートが好まれ、上級車種は本革でないと消費者が喜ばないといった気風があり、カスタマイズの世界でも本革風シートカバーの取り付けが流行している。いずれにしても、香りのよい革が鼻をくすぐる本革内装は、高い金額を支払っただけのことはあると心を満たすだろう。

 では、なぜセンチュリーはレザー生地ではなく、ファブリックを採用したのだろう。

 前述のようにセンチュリーの表皮はウール製であり、ほかの車種で使われる合成繊維の織物とは異なる。たとえばセーターなども、一般的な羊の毛によるウールではなく、ヤギの毛を原料とするカシミアなどは高価であるものの、その肌触りは別格。薄い織物でも暖かく、体の動きも自由で軽やかになる。

 自動車の座席については、乗員が着る衣服と接して擦れるため、織物の場合は丈夫さが求められる。合成繊維の開発が進んだわけで、センチュリーに採用されるウールも、耐久性を十分に確保したもの。そのうえで、あたかもカシミアのセーターに触れたときのように肌触りは柔らかく、頬ずりしたいほどに上質だ。その触り心地は、触れた瞬間に冷ややかな感触を伝える本革とは一線を画する。自然を制覇するのではなく、自然とともに風合いを楽しむ日本人ならではの感覚かもしれない。我々にとってより親しみを覚えるのは、本革よりこのウールの座席ではないだろうか。

 じつは19世紀までの馬車の時代も、貴族など高貴な人々が乗る座席には「ベルベット」の生地が使われた。ベルベットとは、生地の表面に繊細な起毛があって、手触りの柔らかい織物。身近な例では、木綿のタオルなども表面が起毛のようになっているので、手触りがやわらかい。一方で、馬車を操る御者の座席は本革。手入れさえ怠らなければ丈夫で長持ちし、風雨にさらされる御者の座席は本革が適していたというわけだ。あるいは、単に板張りというのもより一般的だったろう。

 

織物の座席は、体を安定させるのに役立つ

 織物を使う座席は、風合いだけでなく、ほかにも利点がある。本革に比べ、クルマが加減速やカーブを曲がっても、体が座席から滑りにくい。センチュリーのように、運転手が居て、後席に年配の人が座ることの多い車種では、滑りやすい本革は踏ん張るため体に力が入り、寛げない。年を重ねればなおのこと、力の弱い人や、体調のよくない人にも、せっかくクルマに乗って歩かずに済むはずなのに、体が滑る座席では楽にしていられないのだ。

 加えて、織物であれば通気性がよく、接する腰や腿、背もたれの背中などが蒸れずに済む。車内に空調がきいていても、本革の座席は接する部分がしっとりした感じになることがあり、まして日が当たる席に座っていると汗ばむほどだ。このため、一部の本革シート車には通気用の送風ファンが内蔵されている。また、冬季は触った瞬間にヒヤッとするため、シートヒーターの装備が多いわけだ。

 それほど手のかかる本革の座席だが、鞣し加工を十分に行った皮を使えば、新車のときから体があまり滑らないように仕立てられるし、皮を様々な形に切って体形にあった縫製をした座席の場合は、滑りにくくもなる。たとえば、レクサスの”Fスポーツ”などでは、表皮とウレタン成形を一体で行なう独自工法の開発で、座ると体が吸い付くように馴染む「豊田紡織」製の本革シートを採用。もちろん、センチュリーにも本革仕様はオプション設定されている。

 また、使い込むほど馴染んで滑りにくくなるのも革シートの特徴。それでも、別の体形の人が座ると、体の線に合わないことは起こる。さらに米国で広く本革が好まれるのは、手入れが容易で、劣化も感じにくいからだという声があるのも事実。なかでも好天の多いカリフォルニアでは、太陽光による劣化も本革であれば少ないという話も聞いた。ただし近年のクルマは、窓がUVカットガラスとなっているので、太陽光による影響はそれほど心配いらないかもしれない。

 そのほか欧米では、長距離をイッ気に走り切るクルマの使い方がされるので、本革の方が体をしっかり支え続け、腰が痛みにくいなどの利点もある。いずれにしても、滑りにくかったり、体に馴染みやすかったり、蒸れないのは、織物の座席のほうが優れているだろう。

 

大衆車にも進む快適なシートづくり

 一方で、本革のような座り心地の維持に、センチュリーは手間をかけている。それは座席の内部構造だ。弾力を確保するバネにコイルを使っているが、これは住宅用のソファーと同じ手法。2代目センチュリーの主査に取材をした折に聞いた話では、フカフカとした座り心地はコイルバネで生み出し、S字バネとウレタンで腰を落ち着かせ、体の支えとしているという(3代目も基本的には同様)。車両価格が2000万円近いクルマだからこそ、そこまで凝ったシートの開発が可能となるわけだ。

 とはいえ、我々の手に届く小型車でも、近年では座席のつくりにこだわっている。たとえばホンダの新型フィットは、それまで体を支えていたSバネから「サスペンションマット」と呼ばれる硬い構造と、厚みを持たせたウレタンを用いることにより、快適な座り心地と体の支えを両立。座った瞬間は、ふわッと柔らかい印象があるが、運転して座り続ける間、きちんと体を支えてくれたのである。 もちろん表皮が織物であれば体が滑りにくく、通気性も高い。フィットにも本革仕様は設定されるが、標準仕様の織物の表皮はオススメだ。

 かつては、憧れであった上級車や高級車に採用された本革の座席。だが、今日では織物を表皮に使う座席もかなりよい仕立てとなっており、快適性では本革を上回るといえそうである。

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