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64馬力で規制せざるを得なかった! 衝撃パワー競争の果てに誕生したスズキの最強軽とは? 

最初の64馬力は550cc規格で生まれた

 かつて日本のスポーツカーは「280馬力規制」に苦しめられてきた。どのモデルも同じ最高出力となり、パワースペックで差別化できないゆえにハンドリングやスタイリングなどを磨くことができたという見方もあるが、それでも“無意味な規制”によって世界基準との差が開いてしまったという指摘もある。

 その280馬力規制はすでに撤廃されて久しいが、いまだに残っているのが軽自動車の「64馬力規制」だ。SI単位でいえば「47kW規制」といえばいいだろうか。いずれにしても国土交通省に忖度した業界の自主規制であって、一応は公的な規制ではないというのが、なんとも日本的である。

 さて、軽自動車の64馬力規制が生まれたきっかはスズキにある。1987年、当時の主力モデルであるアルトのホット版として「アルトワークス」が誕生した。その心臓部であるF5A型ツインカムターボの最高出力が64馬力だったのだ。つまり64馬力という数字になにか技術的な意味があるわけではなく、たまたまそのとき軽自動車での最高出力だったアルトワークスの数字をリミットに設定したというだけの話だ。

 ちなみに、この初代アルトワークスも突然生まれたのではなく、その前にSOHCターボの「アルトSX」、ツインカムヘッドを持つ「アルトRS」というスポーティグレードが存在していた。SXのターボエンジンは48馬力、RSのツインカムエンジンは42馬力で、どちらのスポーツ度が高くて面白い軽自動車なのかとスズキファンを中心に「ターボが最高!」「ツインカムこそ至高!」と口バトルが繰り広げられたが、スズキ自身がその両方を足したツインカムターボを登場させたことで「アルトワークス、最強!!」となったのだった。

660ccになっても“自主”規制はなくならなかった

 こうした背景を知れば64馬力規制が生まれたことも納得できるだろう。排気量はそのままに(この時代の軽自動車規格は550cc以下だった)SOHCターボから一気に33%増しの16馬力もパワーアップしたのだから、やりすぎ感はあったし、しばらくはこのパワーが上限になってもおかしくないと思われたのだ。

 しかし、その後軽自動車の規格が変わり、エンジン排気量の上限が660ccとなり、またボディが拡大されても、この64馬力“自主”規制はなくなることはなかった。そもそも排気量が1.2倍になって最高出力が変わらないというのは違和感しかない。

 1990年代には、ABCトリオの一角であるホンダ・ビートはNAながら3連スロットルを得たことで64馬力の規制値に達したし、三菱自動車の5バルブ3気筒DOHCターボ、ダイハツの4気筒ツインカムターボ、SUBARUの4気筒DOHCスーパーチャージャーエンジンなど明らかにパワーが狙えるユニットも数多く登場した。その上でスズキの3気筒ツインカムターボも着々と熟成を進めていった。

実馬力では90馬力オーバーもあった?

 こうしたスポーツユニットが64馬力に収まっていたはずもない。カタログ値は表向きの数値であって、実際に測定すると70馬力オーバーは当たり前、各社の競争が激しかったときには、実測90馬力に達することもあったと、まことしやかに伝えられている。なお、64馬力規制を堂々とクリアした軽自動車も存在していた。

 それがスズキ製「K6A」ターボエンジンを搭載したケータハム・セヴン160で、カタログスペックは80馬力を誇る。660ccの軽自動車用エンジンは、大幅なチューニングをせずとも、そのくらいのパワーを出せるポテンシャルを持っているというわけだ。

NAもパワーアップして不自然な状況に

 ところで、660ccの軽自動車用エンジンは実用的なNA仕様であっても64馬力規制に届かんというイキオイで進化している。たとえばホンダN-BOXに搭載されるi-VTECエンジンの最高出力は43kW(58PS)、ターボが47kW(64PS)だから、その数字だけ見ると走りの差も少ないように思える。

 ただし、実際に乗ればわかるようにNAとターボではパワー感は大きく異なる。スペックでそうした違いを示すのが最大トルクで、N-BOXの場合NAエンジンは65Nm、ターボエンジンは104Nmと、まさしく桁違いなのだ。

 これほどのトルクを出しているのであれば、64馬力規制を撤廃してもよさそうなものだが、馬力規制があるおかげで、軽自動車に実用性や省燃費性が求められる市場ニーズと合致しているのも否めない。馬力競争をせずに済んでいるので、扱いやすいトルク特性とすることができ、結果としてスーパーハイトワゴン系にマッチする省燃費性能に優れたダウンサイジングターボ的なキャラクターを手に入れることができた。

 経緯を考えれば、軽自動車の64馬力規制というのはナンセンスだが、そのおかげで実用的で乗りやすいターボエンジンが増えたと考えれば、ユーザーメリットは大きいといえるのかもしれない。

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