下肢障害でもMT車が運転できる 諦めていた夢を叶える装置
両足が不自由(下肢障害)な方でも、マニュアルミッション車の運転を可能とする「アクティブクラッチ」という手動運転装置があるのをご存知だろうか? 運転補助装置にはいろいろな種類があるが、そのほとんどがオートマチック車をベースに考えられたもの。
では、どうしてマニュアルミッション車用の運転補助装置が開発されたのか? 理由を聞けば、そこには夢を叶える、とても深いいメッセージが込められていた。
ユニバーサルスポーツを推進
パラリンピックにも車いす競技があるように、身体に障がいがあってもスポーツを楽しんでいる人は世界中に大勢いる。一方で、自動車を使って楽しむモータースポーツもまた、下肢が不自由な方にとってはかけがえのないスポーツになっている。
「モータースポーツは身障者の方でも“選手として”健常者と同じ土俵で競うことができる数少ないスポーツなのです」とは、オサムファクトリーの福永 修代表。この人こそ、アクティブクラッチの開発者であり、自身も世界ラリーや全日本ラリーで活躍する有名選手のひとりだ。
福永代表はオサムファクトリーという競技系カーショップ兼整備工場を営む傍ら、モータースポーツのサポート活動や社会貢献活動にもかなり積極的。毎年、身障者の自立支援活動の一環として「セーフティドライビングフェスタ」も主催。多くの支持を受け、10年以上も継続開催されている。
そんな福永氏の活動のひとつが、手動運転装置アクティブクラッチによる障がいモータースポーツの推進。モータースポーツを楽しむ上で、健常者も障がい者も別け隔てなく、勝負できる環境づくりと装置づくりを目指しているというワケだ。
「モータースポーツを“ユニバーサルスポーツ”にしたい。僕らはそう呼んで大きなテーマを掲げています。海外のモータースポーツは本当の意味でバリアフリーがすでに確立されています。FIAの表彰式では障がいのある選手でも健常者と同じように世界一になったことを称賛され祝福されています。
しかし国内では法律のことなども含め、まだまだユニバーサル(万人の、すべてで適用する、普遍的ななどの意味)と呼べる環境にありません。TGRの86/BRZレースなどもマニュアルミッション車しか出場できない規則になっています。
そこで、我々のアクティブクラッチこそが国内モータースポーツの環境を動かすものだと考えています。トヨタの豊田 章男社長も“ユニバーサルスポーツ”に賛同してくださっていて『いい言葉だね。ボクも機会があるごとにユニバーサルスポーツという言葉を使わせてもらってるよ』と直々におっしゃってくださいました」。
MT車のクラッチ操作を手動でおこなうアクティブクラッチ
では、オサムファクトリーの手動運転装置アクティブクラッチとはいったいどんな装置なのか? また、オートマチック車ではなく、マニュアルミッション車というところにどんな意味があるのか、さらに掘り下げて行こう。
通常マニュアルミッション車は足でクラッチを踏み込み、シフトレバーを手で動かしてギアチェンジする。対してアクティブクラッチとは、クラッチワークを手で操作する装置のこと。とはいえ、足でクラッチペダルを踏み込むように手でペダルを押すイメージとは違い、実際のシステムではモーターや油圧によってクラッチを切ったり、つないだりする役割を担っている。ワイヤー式クラッチ/油圧式クラッチを問わず、どんなマニュアルミッション車にも装着が可能だという。実績として、装着できなかった車両はゼロ。
ドライバー側の操作は、シフトノブに取り付けられたスイッチ押せばクラッチは切れ、スイッチを離せばクラッチがつながるようになっている。そのボタンを押したときの速度やエンジン回転数などの車両運転情報をコンピューターユニットが判断し、絶妙なクラッチ操作を自動的に行う優れたシステムを搭載。走行時はシフトノブスイッチを押しながらシフトレバーでシフトアップ&ダウンができ、速度が落ちて停車直前になると自動的にクラッチが切れる。安全面では踏み間違いに考慮されていたりと万全。
アクティブクラッチ装着車両に試乗してみた
オサムファクトリーが用意しているプジョーの試乗車は、クラッチワークが通常のストリートモードに設定されていて、シフトレバーにアクティブクラッチのスイッチ(センサー)、アクセル、ブレーキがすべて集約。操作手順は、アクティブクラッチのスイッチを押す(押したまま)→クラッチが切れる→シフトレバーを1速に入れる→アクティブクラッチのスイッチをオフにする(ボタンから離す)→アクセルレバーを握ってエンジンの回転を上げる→アクティブクラッチが自動的にクラッチをつないでくれる→発進→アクティブクラッチのスイッチを押す→ギアを2速に入れる……という流れだ。
はじめて操作するときは不安が拭えなかったが、クラッチワーク自体はアクティブクラッチにまかせることができるので、(もちろん、慣れは必要かと思うが)アクセルもブレーキも感覚をつかんでしまえば、操作自体はさほど難しいワケではない。すべてが集約されているとは言え、同時に操作する必要はないので、ひとつずつ順番に丁寧に行えば良い。
アクティブクラッチによってクラッチがつながる感じもごく自然で、急につながったりガクガクすることもない。また、車速を落とすときは、シフトレバー下にを押し込めばブレーキがかかるように改造されていて、停止寸前でクラッチを自動で切ってくれるのでエンストしないようになっていた。
街乗りとサーキットや競技ではクラッチのつなげ方も違ってくるのだが、ドライバー各々で、運転の仕方や走るステージに合わせてチューニングまでできるようになっているとは驚き。絶妙な半クラやクラッチ蹴りを再現することも可能で、ロケットスタートもできるし、ドリフトだってできてしまうのだという。
マニュアルミッション車でやるメリットはほかにもたくさんあって、任意のギアを選択できること、重量の軽さ、LSDの装着が可能になるなど、ラリードライバーの福永氏が開発に携わることで、基本的な機能以外にもモータースポーツにおいても、十分な効果が発揮されるようにつくられているのはさすがだ。すなわち、ラリードライバーの福永選手とも同等に戦えることを意味する。
アクティブクラッチの取り付けや価格など
オサムファクトリーでは、アクティブクラッチの販売をスタートさせてから約7年。開発期間を含めれば、100台近いアクティブクラッチ装着車両をつくってきたという。多いか少ないかは別として、これまでもこれからも商売や儲けのことは一切考えていないという。過去にはアクティブクラッチを取り扱っていたメーカーがほかにあったそうだが、いまは、日本国内ではオサムファクトリー1社のみ。
「以前にバイクに乗られていたり、マニュアルミッション車の経験がある方は、やはり、もう一度クラッチ操作をしてMT車に乗ってモータースポーツを楽しみたいという夢を持たれる方が多いです。それからクラシックカーなど、オートマの設定がない車両もありますが、弊社ではさまざまなクルマにアクティブクラッチを装着してきました。ある日突然、思いもよらない事故が原因で足が不自由になり、自分の愛車が目の前にあるのに乗れないなんて、ボクには放っておけません。好きなクルマ、楽しいスポーツは、一生涯をかけて愉しむ価値があります。これが本当の生涯(障がい)スポーツだと僕は思います」とはオサムファクトリーの福永代表の想い。
現在のところ、アクティブクラッチ本体+取付工賃+セッティング費用込みで価格は税別で60万円~。スマートフォンでの通信装置はオプションになっていて別途1万5000円が必要。手動運転装置アクティブクラッチは、国や自治体による運転補助装置助成金の適用になることも補足しておきたい。もちろん、車検も問題なく、JAFのモータースポーツ競技への出場も認められている。他車への付替えも可能で、半永久的に使える。
最後に、アクティブクラッチに関する様々な相談や実際の取り付けもオサムファクトリーに任せれば安心。アクセルやブレーキといったほかの運転補助装置の取り付けも含めてトータルでサポートしてくれる。現在はショップのある京都の京田辺市が本拠地になっているが、全国へネットワークを広げていくことも視野に入れているという。アクティブクラッチについては、試乗車も用意されているので、予約は必要だが気軽に問い合わせてほしいとは福永代表。
【鈴鹿国際コースでテストした模様はこちら】
(前編)
https://www.youtube.com/watch?v=O5WtEVeRaEw&t=85s
(後編)
https://www.youtube.com/watch?v=qamhfEjND4s&t=85s
【詳しくはこちら】
オサムファクトリー
tel.0774-34-1800
http://osamu-factory.jp