1つでも上の順位を目指し年々進化
耐久レースに限らず最近ではF1やスーパーフォーミュラなどスプリントレースでも、ピットインは必須となっています。空力的な追究が進んだ結果、コース上でのパッシングが難しくなり、平板な展開となるのを避ける意味からもピットインの重要性は増してきています。
一方、ピットインそのものに興味を持つレースファンも少なくありません。レーシングマシンの進化は常に注目されていますが、ピット作業は昔と現在で違いなどあるのでしょうか。今回はピットワークについて詳しく見ていきたいと思います。
ピットストップの3大要素
タイヤ交換とガソリン補給、そしてドライバー交代、この3つの作業がピットストップで行なわれるの3大要素となっています。もちろんフォーミュラレースではドライバー交代はあり得ませんし、タイヤ交換やガソリン補給も、場合によっては行なわないこともありますが…。ともかくこの3つが、ピットに面したスタンドからでも様子がわかる作業の代表となっています。
「スポーティング・レギュレーション」と呼ばれるレースの競技規則では、こうした作業=ピットワークに関して、事細かにルールが決められていて、例えばタイヤ交換では交換すべきタイヤを平置きにしてクルマがピットインしてくるのを待ち、また交換したタイヤも通常は平置きにしてピットアウトを待つことになります。縦置きにして転がりだすなどはもっての外ですが、ピットガレージへも転がしたり投げるのは禁止で、違反するとドライビングスルー(ピットロードを制限速度以下で通過するペナルティ)などが科せられることになります。
フロントガラスの汚れはフィルムで対処
昔はピットインしてきたクルマにガソリンを補給したりタイヤを交換したり、またドライバーが交代する間にフロントウィンドーを拭くのもピットワークの一般的なメニューとしてありましたが、最近ではスタートする前から何枚か(ピットインする予定に合わせた枚数)の薄いフィルムを貼っておいて、ピットインするたび1枚ずつ剥がしていくのが一般的になってきました。
これはピットワークに定評のあるNISMOチームで始めたものだったと記憶していますが、最近は剥がし口にもデザインを施すなど、NISMOらしい手の込んだところが見受けられるようになってきました。
ここにも当然ルールがあり、クルマから降りてきた(交代した)ドライバーがフィルムを上手く剥がせてないのを発見して剥がし、「規定の人数以上がピット作業をした」と判断されて作業違反のペナルティを課せられたこともありました。良かれと思ってしたことで叱られたドライバーに同情しますが…。
クールスーツからエアコンの時代へ
夏場のレースではクールスーツを着用するのが一般的でした。これはレーシングスーツの下に細いチューブを張り巡らせたメッシュのベストを着込んでクルマに乗り込み、スイッチを入れると冷えた水が細いチューブの中を流れて身体を冷やすというもの。これがトラブルを起こして脱水症状になってしまうというハプニングも少なくありませんでした。
このクールスーツ用アイスボックスの氷を入れ替えるのもピットワークのメニューで、もちろん規定の人数以内のピット作業員で行なう必要がありました。しかし最近ではスーパーGTのGT500クラスのようにエアコンを装着したクルマも多くなってきました。このエアコンは街乗りのクルマに装着されているものとは異なり、シートから冷風が吹き出す構造となっています。GT500車両ではクーラーボックスを搭載するスペースもないためにクールスーツは着用せず、ピットイン時に氷の交換作業も見ることがなくなりました。
ドリンク今昔物語
ドライバーの口内や喉を潤すとともに、脱水症状を防ぐ意味でも重要となってくるのがドリンクです。かつてはクルマがピットインしてくるのを待つ間、交代するドライバーがボトルを持ったまま待機するシーンもよく見受けられました。ピットインしたクルマのドアが開き、自分のボトルを手に持ったドライバーが降りてきて、交代するドライバーも自分のボトルを持ったまま乗り込む。そして手の届く位置(通常はシートとドアの間にホルダーが用意されている)にボトルを放り込む、というのが一般的なシーンでした。
しかし最近のレーシングカー、例えばスーパーGTのGT500クラスでは、ドライバーの手が届くシートの周辺にはボトルを収めるスペースを確保するのが難しくなっています。そのためドライバーからは手の届かない助手席側に設けるのが主流となっていて、ドライバー交代の介助の一環として、登録された規定人数内のピット作業員によって行なわれます。とてもシステマチックですよね。
タイム計測に必要な発信機も交換
昔のレースでは考えもしませんでしたが、最近のレースではタイミングモニターが充実しています。サーキットのセクターごとの区間タイムが表示されたり、前車とのタイム差が表示されたり、と至れり尽くせり。レースカテゴリーやサーキットによってはタイミングアプリも用意されていて、観戦がより深く楽しめるようになっています。
じつはレースに出走するすべてのクルマにトランスポンダー(発信機)が搭載されているのですが、ドライバー交代と同時に、このトランスポンダーもピット作業員の手で載せ替えられているのです。またスーパーGTではフロントウインドウにドライバーを識別する表示灯が装着されていますが、これを切り替えるのもピット作業員のメニューです。今シーズン(2020年)は表示システムが変わりドライバーの識別だけでなく、順位表示にも切り替えられるようになっています。ただしピット作業員のメニューは以前と同様、ドライバー識別の切替のみのようです。
臨機応変にさまざまな作業が行なわれる
ピットワークの作業メニューはほかにも考えられますが、どんなメニューにおいても臨機応変が大きなテーマです。例えばタイヤ交換。スタート前にタイヤ無交換の作戦を立てたとしても、実際のピットインではタイヤ交換できるように用意をしておきます。そして前半のスティントを走り終えたタイヤをチェックし、そのまま後半のスティントを走り切れるかどうかを瞬時に判断するのです。
スーパーGTのマシンは純レーシングカーで対処が進んでいることもあって、最長で500マイル(約804km)の距離を走行するレースでも、最中にブレーキパッドを交換するようなことはありません。一方、FIA-GT3など市販車ベースで戦われる「鈴鹿10時間耐久レース」やスーパー耐久の「富士24時間耐久レース」では、ブレーキパッドの交換もピットワークの作業メニューとなっていて、正確さと1秒を争う速さが求められています。