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中東が舞台なのにダカールラリー! パジェロの活躍で日本でも大フィーバーを巻き起こした「パリダカ」のいま

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TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 原田了,Auto Messe Web編集部,MITSUBISHI,グループPSA,TOYOTA

パリ・ダカに君臨していた三菱パジェロ

 ところが、世間からの注目度が高まっていくのに比例して参加するメーカーも、より力が入ることになりました。そして結果的にバトルが激しく、また参戦コストも高騰。さらに87年からは、世界ラリー選手権(WRC)の車両規則が変わり、締め出された形のグループB車両の205T16を活用するべく引っ提げてプジョーが参戦を開始。

 プロラリーストのアリ・バタネンなども加わりよりスピードが重視されるイベントへと変わっていったのです。しかも競技距離は大まかに1万キロ、WRCの10倍近い競技距離、しかもタフな路面なのです。

 これは、例えばル・マン24時間レースで、昔なら淡々とノートラブルで走っていたら上位入賞することも可能でしたが、今は1時間のスプリントレースを24回連続して走るようになり、淡々と走っていたのでは入賞は覚束なくなってきているのと同じです。

 そんなダカール・ラリーですが、日本国内においてはダカール・ラリー=パジェロとのイメージがとても強烈な印象となっています。それも道理で、1983年に市販車無改造クラスでデビューし、即クラス優勝を果たすと、翌年からはチューニングのレベルを上げて総合優勝を狙いに行きます。そして翌84年に総合3位を奪うと、85年には早くもアンドリュー・コーワン率いる三菱チームは総合で1-2フィニッシュを飾っています。

 さらに日本人ドライバーとしてワークスチームに加わり毎年常に上位を争っていた篠塚建次郎さんも、1997年、日本人初のパリダカ優勝を成し遂げました。その後2007年まで参戦を続け総合優勝12回を数えるまでになりました。これは歴代2位のプジョー(通算7勝)の倍近い、圧倒的な強さと言うべきでしょう。

 最近では市販車無改造クラスで参戦しているトヨタ車体で組織するチーム・ランドクルーザーのトヨタ・ランドクルーザーが1996年の初優勝を皮切りに2019年までに3度の6連覇を達成。

 またカミオン(トラック)部門の排気量10ℓ未満のクラスで10連勝&27回連続完走の快記録を残しているチーム・スガワラ(日野レンジャー)の強さも印象深いものがあります。彼らの記録が、今後どこまで伸びるかにも注目したいところです。

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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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