メーカー公認で作られた化け物マシン
販売されるクルマの主体がセダンからミニバンに移り、市民権を得てからかなりの時間が経った。その間に数多くのミニバンが生まれたが、高級ミニバンの中にはパワフルな多気筒エンジンを搭載して、力強さをアピールする車種もある。
でもこの世には、一般的な「速いミニバン」のレベルをはるかに超越した、とてつもなく強烈なミニバンが存在する。それが1994年のパリサロンで発表された「ルノー エスパス F1」だ。コンセプトカーで市販はしていないが、名前に「F1」という文字が入ることからわかるとおり、F1マシン用エンジンを搭載した「バケモノミニバン」として、当時大いに注目を浴びたクルマである。
ベースは、ルノーの上級ミニバン「エスパス」の2代目。ウインドウグラフィックスや独特なデザインのドアミラー、テールゲートにその面影を残しつつも、カーボン製のボディパネル、フロントドアに開けられたエアアウトレット、屋根にそびえ立つ巨大なリアスポイラーなどが、このクルマがタダモノではないことが物語っていた。ボディ構造はモノコックの一部をエスパスから流用するが、フロアパネルはF1マシンさながらのカーボンコンポジットという別物だった。
ベースとなった2代目エスパスは1991年に登場。直4もしくはV6エンジンを縦置き搭載するFFのミニバンで、外板をFRPとしていたことが大きな特徴だ。初代エスパスは1984年にデビューしているが、当時は「ミニバン」という言葉もカテゴリーもない時代だった。
ミニバンの始祖として名を残す「日産プレーリー(初代)」「三菱シャリオ(初代)」、「ダッジキャラバン/プリムス ヴォイジャー」がエスパスとほぼ同時期にデビューしていたことも興味深い。ちなみに、「ミニバン」とはアメリカ由来の言葉で、それまでの巨大な「フルサイズバン」に比べて小さかったため、その名がつけられた。
搭載されたV10エンジンは800馬力!
このエスパスF1、誕生の経緯は「エスパス10周年記念」だった。でも、いくらなんでも国産ミニバンの周年祝いで、フォーミュラカーのエンジンを積んだりはしないだろう。このあたりの大胆さは、かつて小型大衆ハッチバックの「サンク」を、ミッドシップの怪物ラリーカー「サンクターボ」にしてしまったルノーらしいところでもある。
そのエンジンは、1992年シーズンを戦いルノーにコンストラクターズチャンピオンを与えた “最強マシン” 「ウィリアムズ・ルノー FW14B」のRS4型3.5リッターV10で、最高出力はなんと800馬力! 巨大なエンジンのため、エスパス本来のエンジンベイには収まるわけもなく、F1マシン同様のミッドシップレイアウトを採用している。
その位置にエンジンを置いたら、ミニバンなのに前席しか座れない……と思いきや、エスパスF1が面白いのは、リアにも2座を設けていたこと。エンジンとシートの位置関係が常識外なのは、写真を見てもらうと一目瞭然だろう。ほんとうにアイデアが突き抜けている! 全開で走ったら、車内にはどれほどの音がこもるのか想像もできない。できればこのリアシートには座りたくない(笑)。
さらにエスパスF1は「お飾りのコンセプトカー」ではなかったこともスゴかった。エンジンだけでなくリアサスペンションもF1から移植、カーボンセラミックブレーキまで備えており、レーシングマシンさながらの走りを可能としていた。
その結果、100km/hまでの加速は2.8秒、最高時速は300km/hオーバーを記録。見た目はエスパスだが、中身はF1というとんでもない「マシン」だったのである。当時のプロモーションでは、4度ワールドチャンピオンに輝き、1993年シーズンはウィリアムズ・ルノーに在籍していたかの名ドライバーのアラン・プロストも、エスパスF1をサーキットで本気で振り回していたほどだ。
実はプジョーから生まれていたかもしれない!?
エスパスF1はウィリアムズの協力で製作が進んだが、2代目エスパス自体もルノー製ではなく、「マトラ(フランスの自動車メーカー)」で開発・製造したクルマだった。そのためエスパス10周年は、ルノーとマトラの協業10周年祝いでもあったのだ。
ルノーと組む前のマトラはPSAプジョー・シトロエン傘下におり、同グループの「タルボ」のクルマを作っていた。その中でマトラは、エスパスの源流となるモデル「P18」というミニバンの試作車を開発。タルボの親会社・プジョーに製造の打診を行った。しかしプジョーは諸事情からP18を受け入れることがなかったため、マトラはルノーに話を持ち込むことにした。
1960年代から「ルノー4」や「ルノー16」といった、多目的車に使えるクルマを数多く生み出してきたルノーらしく、3列シートのピープルムーバー・P18に興味を示した。
そして、このプロジェクトのみならずマトラごと、自社勢力に引き入れたのである。晴れてルノーグループ入りしたマトラは「ルノー18」という中型セダンのフロントサスペンションなどを流用して、エスパスの開発を進めることになった。そのため、初代エスパスのカタチはP18に極めて近く、モノコックボディ+FRP外板という設計思想も、そのまま引き継がれた。
その後エスパスは、好評のまま1997年に3代目を迎えたが、すでにFRPで少量生産というスタイルでは需要に追いつかないほど、エスパスは売れるようになっていた。そこで4代目と現行型の5代目は、ルノーがエスパスの製造を担当している。なお、ミニバンと高級大型クーペを組み合わせた変わり種ルノーの「アヴァンタイム」も、マトラ製だったことを覚えておきたい。
ところで、ルノー傘下に収まる直前のマトラは、「タルボ・マトラ・ムレーナ」というミッドシップスポーツカーを作っていた。だがルノーがマトラを手に入れると、自社のスポーツカー「アルピーヌ」と競合してしまう。
そのため、ムレーナの製造は1983年で終了している。その後PSAはエスパスの成功を受け、ミニバンの「プジョー 806/シトロエン エヴァシオン」を開発するが、その登場は1994年まで待たねばならなかった。そのほか、マトラはかつてフランスの威信をかけてサーキットで戦っていた……など、マトラにまつわる話は尽きない。また別の機会でお送りしたいと思う。