マイカーの固定観念を変えた初代エスティマ
現在、ファミリーカーのスタンダードとなっているミニバン。多人数が快適に乗車でき、十分な手荷物搭載量を持つ広い室内空間が、ファミリーカーに求められる多目的で多用途な機能、性能を高い水準で満足させることができているからだ。
振り返れば、それまでファミリーカーといえば小型4ドアセダンと相場は決まっていた(なかば固定観念化していた)が、実用性、さらに居住性能の点で、4ドアセダンをはるかにしのぐミニバンという新たな形態が生まれたことで、市場は一気にこちらへ傾いていった。1990年代のことである。そして現在にいたるワケだが、このミニバンブームの火付け役となったのが1990年にトヨタがリリースした「エスティマ」である。その後、3代目まで続いたエスティマは、残念ながら2019年10月をもってシリーズを終えているが、デビュー時にはこれまでにない新概念の車両として、強烈な個性を放っていた。
美しく使い勝手の良い「卵形フォルム」
「クルマは一家に1台」が常識となりつつあった時代、ファミリーカーとしてもっとも多目的、多用途に使え、かつ無難な選択肢が4ドアセダンだった。実際「ファミリーセダン」という言葉があったくらいだ。
一方、使い勝手の良さは認めるものの、商業車(バン)と区別がつかないワゴンはまだまだ少数派だった。自動車に付加価値を求める一般個人ユーザーにとって、バンと混同され商業車臭さを漂わせるワゴンボディは、それだけで商品価値が低くなってしまう傾向が強かった。
ところがエスティマは、「1.5BOX」と表現される流麗なボディフォルムを持つワゴンとして登場したのである。広い室内空間は味気のない「長方体」の1BOXカーと同レベルながら、ボディデザインは商業車臭さを完全に消したスタイリッシュな1.5BOXフォルムを持ち、使い勝手のよさとスタイリングのよさを兼ね備える新たな概念のワゴンとして企画されたモデルだった。
トヨタも新たな概念のスタイルを大きなセールスポイントと考え、エスティマを「天才タマゴ」と表現してその斬新性を強調。ひとつには、多人数の乗車が可能なワゴンを意識しながら、1BOXカーとは異なる前面を傾斜させたデザインは、空力特性に優れるという力学面での利点を備えていた。
ボディの角を丸くデザインした卵形のボディフォルムは、見る人に安定感を与える効果を持っていた。球形が強度的にもっとも優れた形状であることを無意識のうちに認識する人間心理を突き、「タマゴ」という具体的な形を通して強調したのである。広い室内空間を持つワゴンボディながら、1BOXカーとはまったく異なるデザイン発想は「天才」そのものだった。
また、2.4L直列4気筒エンジンは75度傾斜させてフロア下に搭載するミッドシップマウントで低重心化。後輪駆動もしくはフルタイム4WDと、フロント=ストラット、リア=ダブルウィッシュボーンのサスペンションを組み合わせることで、腰高な1BOXカーとは次元の異なる乗用車ハンドリングを実現したことも「天才」を自負する理由となっていた。
ひとまわり小さな「エミーナ」「ルシーダ」も登場
ところで、日本ではエスティマがきっかけとなったミニバンという言葉だが、もともとはアメリカで生まれたもので、4〜6L級のフルサイズバンに対し、それよりひと回り小ぶりなバンをミニバンと呼んでいたことに由来する。エスティマ以降に登場した1.5BOXワゴン(バン)に対する総称として使われるようになったものだ。
ちなみに、この1.5BOXワゴンのデザインはエスティマが登場する5年前、1985年にルノーが「エスパス」で具現化したのがその発端である。当時、日本でも外国車事情に通じた人の間では話題となり、ヨーロッパ市場でも注目を集める人気のモデルとなっていた。
初代エスティマは動力性能、居住性能とも高いレベルで仕上げられたモデルだったが、全幅1800mm、エンジン排気量2.4Lと小型乗用車の枠組みを超し、車両価格も高価だったことがネックとなり、実売台数はいまひと息の状態だった。
このことはトヨタも予見していたようで、すぐさまエスティマをサイズダウンして小型乗用車の枠内に収めた「エスティマ・エミーナ(トヨタ店)」と「エスティマ・ルシーダ(カローラ店)」をリリース(1992年)。この両モデルがユーザーに支持された。
振り返れば、エスティマは新たな乗用車概念となるミニバンの魅力を、当時考え得る実用可能なデザインとメカニズムの投入で、市場にアピールするイメージ戦略モデルとしての役割が大きかったように思える。