夏以降に全ての楽しみが凝縮されていく!
いま、トーヨータイヤの「オープンカントリーR/T」が密かなブームを呼んでいる。街中を走る “スタイル” としてオフロードタイヤを履くというものだ。
バイクの世界では既に “アーバンオフローダー” として裾野を広げているスタイルだが、それがSUVや乗用車の世界にも訪れて来ている。
その “手段” としてA/Tタイヤ(オールテレーン=全地形)とM/Tタイヤ(マッドテレーン=泥地形)、2つの性質を組み合わせたものがR/T(ラギッドテレーン)なのだが、これが選ばれているのには明確な訳があった。
ひと目で “人と違う” ことをアピールできる
まずは、見た目のインパクトが強い。それだけにひと目で “人と違う” ことをアピールできればこれにこしたことはない。
だが、タイヤのノイズが大きかったり乗り心地が悪かったりと実用性に欠けていると、ユーザーのカスタム熱もすぐ覚めてしまう。R/Tはその辺りの味付けが絶妙なのだ。
だからスズキ・ハスラーやダイハツ・キャストなどの軽SUVはもとより、1BOXカーや『アゲトラ』に至るまで、街乗り軽ユーザーの間でR/Tが支持され、それが今やデリカやRAV4といったミドルクラスのSUVに波及している。
スズキ・ジムニー用サイズが瞬く間に人気を博したのも恐らく同じ理由だろう。街乗りの普段履きユーザーが待ち望んでいたタイヤだったのだ。
過酷なラリーならマッドテレーンがいいハズだが・・・
そのR/Tを4WDオフロードのトップメーカーであるジャオス(JAOS)が、ラリー仕様のハイラックスに履かせ、極悪マッドを得意とする「オープンカントリーM/T」とガチンコで比較するという。
それも、今年後半に参戦予定のクロスカントリーラリーでどちらを履くかを決めるための公開テストという触れ込みだ。
その話を聞くが最初はテストの意味が理解できなかった。悪路走破性ならどう考えてもM/Tがいいに決まっている。
というのも TEAM JAOS が創立30周年のプロジェクトとして2015年から挑戦している「アジアクロスカントリーラリー」は、タイを中心に東南アジア各国を股に掛け7日間で2000km近くを走るタフな競技。例年、8月の雨期まっただ中で行われることもあってその路面は想像を絶する極悪さ。
踏み入れた長靴が抜けなくなるようなヌタヌタのマッドや、水深がボンネットを超えるような河渡りは日常茶飯事。乾燥した道でも突如現れる深い穴ボコやクルマがぶち壊れてしまうのではないかと思えるほど激しい段差、鋭利なロックに隠れた切り株など、タイヤにダメージを与えうる要因がテンコ盛り。
2015〜2017年に出場したあの篠塚建次郎選手をして「世界で最もクルマに厳しいラリーのひとつ」と言わしめた競技だけに、泥対策はもちろんのこと、ちょっとやそっとの障害物ではパンクしないくらいの頑丈さがタイヤに求められる必要最低条件。ちょっとオフロードタイヤの事を知っていれば「この悪条件に合致する唯一のタイヤはマッドテレーンだけだ!」と断言したくなるところだ。
事実、ここ数年破竹の勢いで連覇している地元タイのチャンピオンチームもオープンカントリーM/Tを愛用。そしてTEAM JAOS自身も2015年のFJクルーザーから始まり昨年のハイラックスに至るまで全てマッドテレーンタイヤを履いてきた。一度もパンクをしなかった2019年にはガソリンクラスで優勝を成し遂げている。
ではなぜ、今、マッドテレーンとオールテレーンの中間を意図したR/Tに、いわば少しでもオンロード寄りにシフトしたタイヤに “ダウングレード” する必要があるのか? 目新しいからか?? スタイルがクールだからか??? いや、彼らの挑戦はそんなヤワなものではないように思えてならない。
「完走」することが第一の目標
4WD&SUVの総合パーツメーカーとして知られるジャオス(群馬県)は、自社製品の性能テストや信頼性アップを目的に厳しい競技に挑戦している会社だ。
競技車に自社製のスプリングやダンパー、ホイール、アンダーガード、吸排気系(主にマフラー)などを投入。補強や軽量化、安全装備など必要不可欠なカスタマイズは行うがエンジンは敢えてノーマルのまま。比較的ユーザーに近い仕様で「完走」することを第一の目標としている。
したがってタイヤに求められる性能はズバリ「スタックしないこと」、そして「パンクしないこと」。是が非でもマシンをゴールに導いてくれる確かなトラクションとタフネスさが重要視されている。その大役をオープンカントリーR/Tが背負うことができるのだろうか? ましてやM/Tに対抗する何かがあるのだろうか。
「社内コンセンサス」という何よりも大切なものを得た
2020年6月29日月曜日。降り続く雨の合間を縫って奇跡的に晴れた浅間サーキット跡地にて、ジャオスとトーヨータイヤの公開タイヤテストが始まった。浅間山の火山灰を多く含んだ路面は乾きやすく、ハーフウェットからドライへ変わり行く状況だ。
テスト用のラリーマシン(右から2番目)は2016年から3年間使われたもの。装着されたタイヤが幅広に見えるのは、最終年に前後のトレッドを広げる改造が施されたためでもある。凹凸の激しい極悪路に対応すべくフロントのストロークアップを狙って行われた今回のテストでもあるが、KYBと共同開発したダンパーの効きもよく、競技中のアベレージスピードは飛躍的に向上している。
だが現場では、年々進む市販車からの乖離によって第一の目的である「自社製品の開発テスト」色が薄れ、「勝つために改造する」風潮が助長されることに危機感を持つに至ったとのジャオス代表取締役 兼 チーム監督の赤星大二郎が、チームに「原点回帰」を号令。
翌2019年の挑戦はノーマルトレッドのニューカーでイチから仕切り直すという大方針転換が打ち出されていたのだ。そして社内やKYBの開発部が一丸となって取り組み、結果得られたのが、「クラス優勝」という喉から手が出るほど欲していた果実だった。
この時、チームは「自信」という大きな武器を手に入れたが、同時に競技活動の継続に対する社内コンセンサスという何よりも大切なものを得ることにも成功した。その後、電撃的に発表されたトーヨータイヤとの戦略的パートナーシップの提携も、今年のチャレンジもその延長線上にあることを考えれば「急がば回れ」とばかりに逆境を与えた赤星と、それをチャンスに変えたチームの底力にこそジャオスの真骨頂が見てとれる。
外から見てもわかるR/TとM/Tの違い
さて、ラギッドテレーンR/TとオープンカントリーM/Tとのガチンコテストの日、用意されたテストフィールドは1周約1kmの複合コース。砂利の混じった黒土のフラットダートばかりかと思いきや、奧には深い轍が左右にうねりながらマシンを上下に揺さぶる意地の悪い極悪路があり、途中にジャンプあり、バンクあり、急カーブありとタフでバラエティに富む構成だ。
テスト方法は至ってシンプル。昨夏の成功をドライビング面、マネジメント面双方から牽引したジャオス開発部 兼 TEAM JAOS ドライバーの能戸知徳(32歳)が自ら設定したコースを全開走行。同一マシンにオープンカントリーR/TとM/Tを履かせて数十周走り込み、その感触を確かめようという算段。
1周目、そして2週目と次第にペースを乗せて走り込む能戸選手。私を含め見学に訪れた編集者やジャーナリストもマシンの挙動を外から眺めていたのだが、タイヤをR/TからM/Tに変えたところである “違い” に気付かされた。徐々に乾きゆくドライの路面ではR/Tのほうがスムーズで傍目にも分かるほど速かった。
乗りやすさでは一枚上手のR/T
ジャンプ後、間髪入れずに左へ舵を当てなければならないポイントで、R/Tは着地後に一発で姿勢が決まってスッと向きを変えて行くのに対し、M/Tはジャンプ前から左に姿勢を変えながらの空中殺法。迫力のある走りだが、悪く言えば無理をしている感じである。イン側に立木のあるコーナーでもキスしそうなほど攻め込めているのはR/Tだった。
ドライバーの様子も違っていた。前半戦は涼しげにR/Tをテストしていた能戸選手だったが、タイヤ交換を挟んでM/Tでドライブをし終えた直後の顔は紅潮し、玉のような汗をかいていたのだ。どちらが楽に運転できたのかは一目瞭然。能戸選手のコメントからもそれは充分に伝わってきた。
「今日みたいなドライ路面ではR/Tがいいですね。路面にグリップしている感覚がステアリングにすごく伝わって来ます。荒れた路面での衝撃吸収性はM/Tのほうがいいのですが、R/Tと比べるとステア操作にワンテンポ遅れる感覚で「オリャ!」っと豪快に操作しないときっかけが造れないし、逆に流れて欲しくない時に流れてしまうイメージです。対してR/Tは操作に対するレスポンスがよく、回頭性やブレーキング性能を含め、乗りやすさでは一枚上手でした」
そして「正直、R/Tがダートでどれだけ通用するのか不安でしたが、そういう気持ちは一切なくなりました。剛性感もしっかりあって、2トンオーバーのクルマでも問題なく攻められる、というのが第一印象です。今年は乾期に行われる競技に参戦する可能性が高いので、競技ではメインをR/Tにしたいと思います」と締めくくった。
なんと。予想は見事に外れてしまった。
オープンカントリーR/Tには2種類の異なるタイヤが存在
それでも耐久性、耐カットバースト性能に不安はないのだろうか? 競技ではひと度パンクを起こせば10分や15分は簡単にロスしてしまう。これはトップを争うチームには致命傷となりうる…。だが、テストに帯同していたトーヨータイヤの技術者が我々にこうタネ明かしをしてくれた。
「オープンカントリーR/Tには2種類の異なるタイヤが有ります。サイズによって色付けしているのですが。ひとつはパッセンジャーカー(乗用車)用で、もうひとつは北米でライトトラック(LT)と呼ばれているクルマをターゲットにしたものです。日本であればジープやランドクルーザー、ハイラックスなどラダーフレームを備えた重量級の本格4WDを思い浮かべていただければいいでしょう」。
「LTタイヤは空気圧を高めにすることで負荷が大きくても耐えることのできる製品ですが、違いはそれだけではありません。R/TのLTバージョンでは土台となる構造や材質をオープンカントリーM/Tとほとんど同じにしているんです。ですから剛性や耐久性、耐カットバースト性もM/Tとほぼ同じ。コンパウンドもグラベルや石で欠けにくいM/T用とほぼ同じもの使っており、大きく違うのはトレッドのパターンだけ。このR/Tを私は “ベイビーM/T” と呼んでいます」。
「そして溝の占める割合がM/Tより少ない分、路面に接地する面積は大きく、硬い路面でドライバーが感じる接地感はより優れたものになります。やはり餅は餅屋。マッドタイヤは泥がちな環境でこそ活きるタイヤですから、雨期のヌタヌタ路面が最適解。ドライであればR/Tで活路を見いだす戦略は理に適っていると言えるでしょう」。
テストタイヤは日本未発売のサイズ
同じくテストに立ち会った同社のマーケティング担当者もこう続ける。「競技は2トン以上のクルマが120kmとか150kmの全速力で突っ走り、深い穴や段差でもブレーキを踏まずに駆け抜けていくような世界です。そうなるとやはり耐久性や耐外傷性が大切となり、LTが必要とされてきます。TEAM JAOS のマシンが最終的にどのタイヤサイズを履くにせよ、我々は日本未発売の北米展開サイズも駆使しつつ、実戦でより頑丈なLTタイヤを履けるようサポートして行こうと考えています」。
言われてみればこの日、テストで使われたタイヤサイズはどちらもライトトラック用の「LT265/70R17」。M/Tは国内販売済みのサイズだが、R/Tは日本未発売のサイズで北米から取り寄せたものだった。
とはいえ、見学している我々にとってこのテストはとてもわかりやすく、そして興味深い結果だった。「オープンカントリーR/T、侮り難し」というのが正直な感想で、ファッションタイヤという色眼鏡で見ていた私も反省することしきり。おかげさまで、M/Tよりグリップ力や操安性に優れたR/Tが、スタイルだけでなく扱いやすさで人気を博してきたであろうことに気付くことができたわけである。
スタッフ全員が一丸となって取り組む
印象深かったのは全員でタイヤを評価していくスタッフの姿勢だ。トーヨータイヤの技術者も群馬トヨタから派遣された実戦メカニックも試乗を繰り返し、実際の走りでどんな力がマシンにかかっていくのか、そしてタイヤにはどんな負荷がかかっているのか、それぞれがそれぞれの立場で確かめ合っていた。
私もナビゲーター席で試乗させていただいたが、あまりにマシンの速度が速く、そして挙動がすさまじく、迫り来るコーナーに目をひきつらせつつ凹凸で揺れる車内で体を支えるのに精一杯で、およそコマ地図を正確に読み上げるような作業は不可能に感じていた。コ・ドライバーがかくも過酷な仕事だったとは…。
ちなみにR/TのRは「ラギッド」の頭文字。起伏の多い、ごつい、いかめしい、という意味の他にアメリカでは「たくましい」というニュアンスでも使われるという。人生は山あり谷あり、とは言うけれど、あらゆる競技が中止され、参戦競技すら確定できないコロナ禍の中、一歩先の未来を信じてテストを進める彼らの姿に重なる言葉に思えた。
能戸選手のシェイクダウンテストが動画で見られる!?
なお、今年のニューマシンは8月上旬のシェイクダウンテストでお披露目される予定。この時、トーヨータイヤの映像チームが撮影を敢行するとの未確認情報もあり、能戸選手が参戦前の大切なマシンでケンブロックばりの走りを披露してくれるかどうかは別にして(笑)映像への興味は尽きない。いずれにせよ今年のTEAM JAOSは例年と違い、夏以降に全ての楽しみが凝縮されて行くカタチだ。
最後に。競技の話だけにLT仕様のR/Tばかりをクローズアップしてきたが、パッセンジャー仕様の話も付け加えておこう。テストに立ち会った技術者曰く「日本のオンロードや河原、林道などで普通に走る限り、R/Tはパッセンジャーカー用の構造で全く問題がありません。高耐久性を謳うLT仕様と違って扱いやすさを前面に、軽く、柔らかくしてあるので、むしろ快適性や使い勝手を実感しやすい製品です」とのこと。
トーヨータイヤはこの7月にハイラックス用やランドクルーザー、ランドクルーザープラド用の265/65R17をオープンカントリーR/Tに追加することを発表しているが、こちらも「日常の扱いやすさ」を重視したパッセンジャーカー仕様。その他、ジムニー・シエラ用やイグニス、クロスビー用、ジープラングラー用やランドクルーザー用など計5種類のサイズを追加しているので気になる方は同社のサイトをチェックして欲しい。サイズにLTとあればライトトラック用、何もなければパッセンジャーカー用の構造だ。
さあ、TEAM JAOSとトーヨータイヤの挑戦がいよいよ本格的に始まった。コロナ禍をラギッドに進みゆく彼らの、今後の活躍に期待したい。