タービンからマフラーまで完全網羅
日本を代表する総合チューニングメーカーとして知られるHKS。その歴史は古く、1973年にレース用エンジン&パーツの開発を行うために立ち上げられ、その翌年には業界初となるケンメリ・スカイライン用のターボキットを発売。これが爆発的な人気を呼び、HKSの名は日本中のカスタムフリークに知れ渡ることになった。
以来、意欲的にチューニングパーツの開発を進めると同時に、モータースポーツ活動を展開してきたHKS。セリカXXでの最高速アタックでは国内初の300km/hオーバーを達成。全日本ツーリングカー選手権(JTCC)やドラッグレース、D1GPなど、さまざまな挑戦を続け、厳しいレーシングフィールドで培ったノウハウを、市販パーツの開発へと活かしてきた。
しかし、その道のりは決して平坦なものではなく、ときにはチューニング事業の見直しを迫られるほどの時期もあった。とくに環境性能が叫ばれた2000年代初頭は、シルビアやRX‐7といった国産のFRターボが軒並み姿を消し、燃費や環境性能を重視したエコカーやミニバンが台頭。そんな逆境とも言える時代に登場したのが、86&BRZだった。
「トヨタとスバルが共同開発するNAのFRスポーツ。せっかくメーカーさんが発売にこぎ着けてくれた新型スポーツカーを、モノにしないでどうする、という強い思いがありましたね」と振り返るのは、当時商品企画を担当していた坂詰達也さん。なにせ、そのルーツとなるAE86はスポーツインジェクションやボルトオンターボ、スーパーチャージャーや排気量アップなど、エンジンチューンは、ひと通り手掛けた思い入れのあるクルマ。86&BRZについてもそれと同様に全方位で挑もうと、発売前から方針が決まっていたという。
ただし、直噴のD‐4Sを採用したFА20はNА用として設計されたこともあり、耐久面で十分ではなく、当初は苦難の連続であった。その素性を見極めるために86を投入したD1GPでは、何基のFА20エンジンを壊したかわからないほど。
しかし、同社におけるモータースポーツ活動も、おなじくあくまでユーザーへのフィードバックが目的。それゆえ結果ではなく、そこに至る過程を重要視してきた。だからこそ、D1GPでもオリジナルのFА20で闘うことにこだわった。そうした試練を乗り越えたからこそ、チューニングの限界値を見極めることが可能になり、ユーザーに信頼性の高いパーツを提供できる体制が整ったのだ。
またHKSではサーキットアタックにも取り組んでいる。FА20ベースの2.5ℓエンジンを搭載したモンスターマシン、TRB‐03は、最高出力800馬力以上を発揮。筑波サーキットで49秒445というハコ車のレコードタイムを刻んでいる。
そんな86&BRZ用のパーツ開発は、具体的にどのようにして進められていったのであろうか?
「トラクション性能が限られるFRなので、過給機はスムーズなトルク特性のほうが相性がいいだろうという、今は亡き長谷川社長の強いプッシュもあり、ターボに先行してスーパーチャージャーの開発を進めることになりました」と坂詰さん。排気量アップしたかのような自然な吹け上がりを見せるHKSの遠心式コンプレッサーは86&BRZと抜群のマッチングで、ユーザーの圧倒的な支持を集めた。その後、HKSでは2〜2.5リッタークラスと非常にマッチングのいいGTⅢ‐RSタービンキットをラインアップに追加。こちらも刺激的な加速が味わえると好評を博している。
ところで86&BRZのリリースとほぼ同時に発売され、大ヒット作となったハイパワースペックLマフラーも長谷川社長のアイディアだったという。
「ある日、いきなり呼ばれて、純正の半分の重さのマフラーを作れと指示を受けました」と坂詰さん。これはHKSの高い技術力を持ってしてもたやすいことではない。軽くするためには薄いステンレス板を曲げる必要があるし、十分な強度も求められる。部位ごとに板材の厚さを変えるなど試行錯誤を繰り返し、ようやく商品化にこぎ着けた。
後日談となるが、坂詰さんが半分を目指した理由を尋ねるとひと言「勘だよ」と返ってきたという。40%でもなく、60%でもない理由はインパクト。純正の半分の重さというアピールポイントは誰にでも伝わりやすいし、覚えてもらいやすいからだったという。優れた技術者でもあり経営者でもあった、長谷川社長らしいエピソードだ。
またECUチューンを身近な存在にしたフラッシュエディターも、86&BRZのおかげで知名度が一気に高まったアイテムのひとつ。ブレイクのきっかけはエキマニとのセット販売。エントリーユーザーにもECUチューンの効果や楽しさを訴求したいという思いもあり、破格とも言えるプライスに抑えた。86&BRZユーザーの悩みの種でもあった中間トルクの谷間がこれで消せると評判になり、NAチューンの必須アイテムと言えるほどの人気を博したのだ。
加えて、サスペンションについても86&BRZ用は攻めの商品展開を行っている。そう、しなやかな乗り心地で評判となっているMАX ⅣGTシリーズだ。
「以前、当社の車高調はスパルタンな足というイメージが少なからずありました。しかし、86&BRZが出る少し前に設備投資を行い3軸の試験機を導入。それを使用して開発したMАX Ⅳ GTでは減衰力の味付けも大きく変化しました。走りも乗り心地もいいと話題になり、多くのユーザーさまにご愛顧いただいています。また最新仕様となる20SPECやラリードライバーの新井敏弘選手が監修したスペックAなど計5タイプもの多彩なバリエーションを展開しているのも86&BRZだけです」と続ける。
まさに全方位に広がったHKSの86&BRZ用パーツのラインアップ。現在でもストリートユーザー向けに扱いやすいサイズの新作ボルトオンターボキットの開発を進めるなど、いまだ開発の手はまったく緩めていない。今後のHKSの動向にも、ますます目が放せなそうだ。