スペックだけでは語れない「ヨタハチ」の実力
トヨタ・スポーツ800(S800=通称:ヨタハチ)は、1965年に発売された。翌66年にはホンダからS800が発売となる。ただし、ホンダは63年にS500を発売しており、その後、S600、そしてS800と進化しての登場であった。
ホンダはS500から直列4気筒DOHC(ダブル・オーバー・ヘッド・カムシャフト)エンジンを搭載するなど、1961年に英国のマン島TTレースで優勝したオートバイの高性能技術を採り入れ人々の注目を集めた。
それに対しトヨタS800は、流麗な外観の造形は美しさや可愛らしさを覚えさせたが、スポーツカーとしての高性能さは見えにくかったかもしれない。なぜなら例えば、エンジンは庶民のクルマとして生まれたパブリカの水平対向2気筒空冷を搭載し、最高出力は45馬力であった。
それはホンダS500に近い出力であり、ホンダS800の70馬力からすると同じ排気量でありながら2/3ほどの出力でしかない。同じ排気量のエンジンでその差は、スポーツカーとして勝負にならないと誰もが思ったかもしれない。
パワーハンデを空力設計と軽量化でカバーした
ところが、トヨタS800は流麗な外観に加え車体も超軽量に仕上げられ、実に580kgしかない。ホンダS800の755kgより175kgも軽く、これは平均的な大人2人の体重よりなお軽い。これにより、トヨタS800の最高速度は155km/hに達し、ホンダS800の160km/hと比べ5km/hしか劣っていない。
ライトウェイトスポーツカーにおいては、今日のマツダ・ロードスターでも軽さが開発目標の重要な課題の一つであり、それによって俊敏な走りや壮快な運転感覚をもたらす。したがってトヨタS800は、紛れもないスポーツカーであったのである。
旧車となってからのことだが、トヨタS800を運転する機会に恵まれた。かなり程度よく保存された一台であり、何よりその軽快な運転感覚は、今日の軽自動車より軽い車両重量によって、他では経験できないような挙動の身軽さを実感させた。
それはかつて若いころに戦ったFL500(軽自動車のエンジンを搭載した車両重量400kgのフォーミュラレーシングカー)のように俊敏であったといえた。さらに驚いたのは、2気筒水平対向エンジンの力感ある加速と、ショートストロークを活かし高回転まで滑らかに回り、抜けるようなエンジン音であった。所有者自身、はじめて車外で聞くそのエンジン音に「こんなにいい音がしていたのですね」と、驚いたほどであった。
先に話したトヨタ2000GTの試乗とともに、トヨタS800の体験は忘れがたいものとなった。1955年(昭和30年)生まれの私にとって、小学生であった当時のクルマへの憧れは、見た目の印象が第一であった。しかも、トヨタ2000GTにも共通する流麗さが好きだった。
流麗であることは空気の流れに逆らわない姿であるということであり、子供のころの私はポルシェ910のプラスチック模型の車体表面に、母からもらった毛糸を短く切り、セロハンテープで止め、それを扇風機の前において風洞実験のまねごとをしたほど、流体に興味を持っていたせいもあるだろう。結局大学でも、流体工学研究室を卒業することになる。