「ヴィヴィオ」「REX」「サンバー(旧車?)」スバルの軽自動車が独自かつ魅力的
2008年4月の自社開発からの撤退を発表し、2012年3月のサンバー生産終了をもって歴史に終止符を打ったスバル生産の軽自動車。得意分野を伸ばす選択と集中によるプラス思考の退陣から早8年が経過したが、妥協のないマシンメイクはスバルファンを中心に今なお高く評価され、ユーズドマーケットには多くのクルマが流通。独自性の強いスバル軽自動車のなかでも特に個性豊かだったモデル5車種をピックアップしよう!
1)サンバー——農道のポルシェと称賛されたスバルイチの個性派モデル
1961年に登場し、スバルKカーのなかでもっとも長寿なクルマとなったのがサンバー。駆動方式はスバル360から受け継いだRR(リアエンジン・リア駆動)車。1960年代は数多く存在したが、時代の移り変わりとともにライバルは高効率を追求し、汎用性の高いFF車となったことで、その個性がさらに際立つことに!
空間を広く取れるキャブオーバースタイルをいち早く採用し、十分な荷室スペースを確保。さらにKカーとしては数少ない4輪独立サスによって路面追従を高めることで荷物に伝わるショックを低減するなど、生産効率よりも働くユーザーファーストの考えで作られていた。その後も1980年にはライバルに先駆けて4WDを設定。Kトラ/Kバンとしては唯一の4気筒、スーパーチャージャーエンジンを搭載するなど、使い勝手&走行性能とも抜きんでていた。
ただ、1998年にデビューした6代目以降は最終年の2012年まで14年間フルモデルチェンジされず、基本のメカニズムは1990年登場の5代目から変わらなかったため、性能面やメカニズム面のアドバンテージは年々失われていったが、小回り性など働くクルマのとして必要な基礎能力が優れていたため、ライバルと十分渡り合えた。
また、長崎のハウステンボス用の場内カーとして製作されたノスタルジーなサンバークラッシックが爆発的にヒットし、レトロブームの火付け役となったり、高耐久な専用エンジンを組み込んだ全国の軽貨物運送業の協同組合の赤帽サンバーのような特別なクルマを製造するなど、いち実用車でありながら、自動車雑誌などで話題に上ることもあった稀有なKバンであった。
サンバーは「妥協なきクルマ作り」というスバルの開発思想を商用車というカテゴリーで具現化し、ライバルとは異なる個性も併せ持った特別なモデル。特に6代目サンバーは純血スバルKの魅力を存分に味わえる今だ現役のラストサムライといえるだろう。
2)3代目レックス——矢継ぎ早に新機構を投入したスバルK一番の意欲作!
軽自動車王道のハッチモデルとして1972年から1992年まで20年間に渡って生産されたレックス。3代目は6年間のライフの中で新機構や先進のアイテムが矢継ぎ早に投入されるなどスバルのK史上最も変化に富み、バラエティ豊かなラインアップを持つ車種であった。
まずエンジンは3回も変わった。1986年11月の3代目デビュー当時は先代の2気筒エンジンを改良してキャリーオーバー。ただ、それだけでは終わらないのがスバルで吸気2、排気1のシリンダーヘッド仕様を新規追加している。1989年6月に新開発のEN05型4気筒エンジンにスイッチ。同年に登場した初代レガシィのEJエンジンと同じように、スバルKの次世代を担うユニットとしてバトンを託された渾身の逸品だ。
ただ、2気筒エンジンが戦闘力を失っていたとはいえ、半年後に軽自動車の規格変更を控えた段階で新作を投入はコストを考えると異例。こうした「出し惜しみしない」姿勢は素晴らしいが、経営を圧迫したことは想像に難くない。最後は1990年4月、EN05型のストロークをアップした660㏄化(EN07型)だ。馬力はKカーの上限である64馬力に到達し、ライバルに肩を並べることとなった。
デザインもスラントノーズに傾斜したウィンドウ、グリルレスのフロントフェイスなど空力を重視した先進のスタイルに刷新するなど意欲的な作品だったが、最初からなぜかすべての歯車が噛み合わず、商業的には大成功とはならなかった。ただ、3代目レックスは次世代への橋渡しとして、果たした役割は決して小さくない。こうした新しいメカニズムは次期モデルのVIVIOで花開くこととなる。
3)ヴィヴィオ——走りの質感を高め、生き残りをかけた「軽を超えた軽」
性能を前面に押し出した初代レガシィのヒットにより、深刻な経営危機から立ち直る兆しが見えた1992年。エントリーモデルである軽自動車もレガシィの勢いをそのままに「走りの質」に活路を求めた。まずはプラットフォームを一新し、低重心化。普通車と同じ、衝突安全基準を確保する骨格を持つことで当時のK随一の剛性と強度を誇った。サスペンションもレガシィ譲りの四輪ストラットにレックスから熟成された4気筒エンジンとフルタイム4WDを組み合わせるなど、Kとは思えない贅沢でスキのない仕上がりとなっていた。
660㏄化により軽自動車の参戦が活発となったラリーやダートラの1000㏄クラスへの参戦を想定した開発が行われ、王者アルトワークスRと互角の戦いを繰り広げた。また、ドイツのニュルブルクリンクサーキットにおけるタイムアタックを行ったり、世界一過酷と言われるWRCのサファリラリーにチャレンジし、初参戦でクラス優勝を果たすなど、高い実力を示すとともに「走りのK」のイメージを強くアピールすることに成功した。
最上級のスポーツモデルはRX-Rで、直4DOHCに軽自動車唯一のスーパーチャージャーをドッキングし、標準仕様のエンジンとしてはトップ性能(64㎰/10.8㎏-m)を誇るなど、他を圧倒する速さと質の高さで時代をリードしたが、トールワゴンタイプの初代ワゴンRの登場がその状況を一変させた。
バブルがはじけたことで走りよりも実用性が重視されるようになり、そんなタイミングで登場したKの限られたスペースで、最大限のスペースユーティリティを確保したワゴンRが大ヒット。ヴィヴィオもサンバー譲りのクラシックスタイルを提案するなど手を打ったものの時代の流れには逆らえず、販売数は伸び悩んだ。もし、ワゴンRがなければ、バブルが崩壊しなければ、その評価は大きく変わったことは間違いない。クルマの質感としては一級品だが、時代に負けた1台といえる。
4)R2——トールワゴン全盛のなかデザインにこだわったお洒落さん
ワゴンRの登場で軽自動車の主流は重視したトールワゴンタイプに移行。スバルもプレオを投入したが、開発陣はスペース効率追求型を良しとしていなかったようで、軽業界に新しい流れを作るべく2003年にリリースされたのがR2だ。
特筆すべきはフィアット・バルケッタやアルファロメオ147をデザインしたアルフォッド・ザパティナスが手を加えた丸くて可愛いクーペのような個性的なスタイリングだ。
内外装ともにデザイン先行型だが、最適な姿勢を取れるドライビングポジションや使い勝手を含めて手抜かりはなく、クルマとしての基本性能をしっかりと押さえているところはスバルらしい。走行性能はヴィヴィオ譲りで、熟成の域に達しており、プレオに比べて50~70㎏の軽量化が施されたことによってドライバーズカーとしても秀逸であった。
ただ、ハイトワゴンの牙城を崩すには至らず、R2の登場で縮小したプレオのラインアップが再び増やされるなど、販売面では失敗に終わったが、スタイリッシュなシティコミューターである2ドアのR1を生むなど、軽自動車の限られた枠のなかで満足度の高いクルマ作りを目指したスバル開発陣のチャレンジは高く評価したい!
5)スバル360——日本の軽自動車マーケットを切り開いた先駆者
スバルの自動車作りの原点&初の量産車であり、日本のVWタイプ1(ビートル)というべき存在というべきスバル360。全長3mの小さな車体に大人4人が乗れる優れたRRパッケージ。丸っこいスタイリングがビートルに似ているのは真似したわけではなく、効率を追求していくと必然的に近づいただけだ。愛称はVWタイプ1のかぶと虫に対しててんとう虫と呼ばれた。
ボディはスバルのルーツである中島飛行機の製造技術が生かされ、当時としては画期的な0.6㎜の薄いパネルを使ったフルモノコック構造が採用。さらに強度には関係ないボンネットなどにはアルミ素材、ルーフにはFRP素材、そしてリアウインドウにアクリル素材などを採用することで、低重心化を図るとともにライバルよりも100㎏以上軽い385㎏を達成。
飽きのこないスタイリングで愛され続け、後発のライバルに対して年々性能向上を図って対抗したところもVWタイプ1と酷似。スバル360は軽自動車マーケットを切り開き、国内のモータリゼーションを発展に貢献した日本の国民車であった!