おうち時間の中で、朽ちゆく個体の新たな表現方法を発見
人里離れた畑や草木が生い茂る森の中、廃墟や波止場など日本全国至るところで目にする「放置車両」。ボディは事故なのか、それとも人為的なものかボコボコに凹み、無数の水アカやコケ、サビがボディ全面を覆い尽くす。タイヤの空気は抜け、ガラスは割られ、何とも無残な姿でひっそりと佇んでいる。
普通の人なら「何だ、ただの廃車か」と思うかもしれないが、この世界にもマニアがいる。放置車両の希少さやサビの熟成具合、車両が放置されている風景などに魅力を感じて写真に収め、ネット上で公開している人が多い。
クルマ雑誌など様々な方面で活躍するフリーカメラマン、PAPANさんもその1人である。「どんなに朽ち果てたクルマでも、最初は新車だった。もし新車を買ったら、友達や家族からちやほやされるじゃないですか。放置車両でも、過去を振り返るとそれぞれに様々なドラマがあったと思うんです」。
普通の人ならスマホやコンパクトデジカメでサクッと撮るだろう。しかし、そこはプロのカメラマン。放置車両の良さが際立つ撮影テクニックを常に研究し、日本国内はもちろん海外にも出向いてシャッターを切る日々。昨年はこれまで撮影した作品の個展を各地で開き、放置車両写真集「STILL ALIVE」を発売するなど(現在は完売)、精力的に活動。
そんな彼が現在、放置車両を「プラモデル」で再現することにハマッているという。
短期間で放置車両の雰囲気を再現するテクニックを習得
放置車両プラモの製作を始めたきっかけは、コロナウイルスの影響による自宅待機が長く続いたこと。「去年までは放置車両を求めて走り回っていましたが、コロナで外出できなくなった。それなら家でできることは何だろうと考えたら、プラモだったというわけです」。
しかしPAPANさんは小学生の時にミニ四駆やゾイドといった「動くモノ」を作った程度で、クルマのディスプレイモデル製作は未経験だった。ただ自粛中は時間があったので作り方、特にプラモを放置車両のようにヤレさせる方法はネットで徹底的に調べたそう。
例えばボンネットのサビはカッターで表面を削り、段差を作ってからサビ風の塗装を施し、実車のように塗面がめくれてむき出しの鉄板からサビが出るような雰囲気を再現。経年による汚れは、模型用のウェザリング塗料を使用。塗料をシャバシャバ状態になるように薄め、雨水などの流れを考慮して筆を上から下へと動かしながら汚すのがコツだとか。
その塗料を場所に応じて3色ほど使い分けることで、リアルさが増すとのこと。サビ風の塗料は模型用ではなく、大阪の塗料専門店で見つけた一般に流通していないものを使っている。サビを再現する箇所もボンネットの先端やフェンダーアーチ、ドアの下部と実際の旧車でもサビやすい部分に集中。多くの放置車両を間近で見てきた経験が生きている。
いつかはプラモ×写真の作品展を開催するのが夢
プラモは完成したら終わり。しかしカメラマンのPAPANさんにとっては、完成した作品を写真に収めて初めてゴールとなる。ディスプレイ用の地面を自分で作り、気に入った場所をバックに遠近法を駆使して撮影しているため、プラモデルのクオリティも相まって非常にリアリティのある1枚に仕上がるのだ。「実際の放置車両では撮ってみたい個体を見つけても、クルマの向きが理想的ではなかったりすることも多い。でもプラモなら、自分の好きな向きに調整して撮影できるのがいいですね」。
本格的にプラモ作りを始めて約半年ながら、すでに16台も作成。30台ほど作ったら、作品と写真を一緒に並べた個展を開こうと考えている。「僕以外に放置車両のプラモを作っている方と一緒に、グループ展みたいな感じで開催できたらいいですね」とPAPANさん。コロナ渦の中ではあるが、新たな趣味を見つけた彼の表情は明るかった。
1)サビ具合の追求にハマッたプラモ制作処女作の720系ダットラ
ここからはPAPANさんの作例を紹介していこう。まずは今もアメリカンカスタム業界でファンが多い720系ダットサントラック(通称ダットラ)。PAPANさんも若かりし頃に乗っていたという、思い入れのある1台を、放置車両プラモのデビュー作に選んだ。この時はまだサビやヤレ具合をどのように再現したら良いのか何も分からず、ネットで情報を集めながら作ったという。しかしこのダットラが、これまで作った作品の中で最も出来映えが良くて気に入っているとのこと。
ボディのサビはボンネットやフェンダー、サイドシルなど多岐に渡っているが、実際にPAPANさんが乗っていたダットラも同じ箇所がヤレていたという(さすがにここまでサビてはいなかったが)。実車に乗っていたからこそ、よりリアリティのある仕上がりを実現した。またサビを再現するための塗料は何色も使い分け、サビの浸食具合で異なる微妙な色の違いを再現。リアルな質感を再現できたことで、2作目以降の製作のやる気へと繋がったそうだ。
ボディに関しては前述の通りカッターで面を削って、意図的に段差を付けている。しかしバンパーやドアミラーといったメッキパーツは、そのまま上からサビ風の塗装を施すだけで鉄メッキのサビを表現できるからラクだったとか。
昭和40~50年代に多かったホーロー看板も良いアクセントとなっているが、こちらはネットで見つけた画像をプリントして厚めの銀紙に貼り、サビ塗装を施すことでヤレたダットラの雰囲気に馴染ませている。
2)タイヤのパンクと車両の傾き具合に注目のA30系セリカLB
当時アメリカの最先端であった流線的なスタイリングを採用し、1973年にデビューした初代セリカLB(A30系)。ダットラの製作で自信を付けたPAPANさんは、次の作品のベースにこのセリカLBをチョイス。ダットラよりも年式が古いことを考え、サビの浸食度は一気にエスカレート。ボンネットのめくれがより大胆となり、腐食の度合いを左右で変えてみるなど、頭の中で描いたセリカの放置車両を忠実に再現している。他のクルマから移植した(という想定の)微妙に色が違う右側のフロントフェンダー、サビに覆われた天井の上にポツンと置かれたタイヤなど、セリカがここまで熟成するまでの過去を連想させる心憎い演出も注目。
特に見て欲しいのが、右側のパンクしたタイヤ。これはタイヤのトレッド面をカッターでえぐって外側に向けて広げた後、地面に密着するようにプラ板を下側に貼ってフラットにすることで、時の流れで空気が抜けてつぶれたタイヤを再現している。しかもこれだけでは終わらず、右側のサスペンション(このモデルは金属製のスプリングを使用)をギュッとつぶした上で、前後のタイヤを接着剤でフェンダーの裏側に固定。車高を右下がりにすることでパンクによる車体の傾きを表現でき、よりリアリティが増した作品となった。
3)ボンネットとリアゲートを開閉加工したGB122系サニトラは、営業車の「成れの果て」!?
実際にはこういうツートンカラーではないそうだが、某蚊取り線香メーカーの営業車をイメージして作ったというサニートラックロング(GB122系)。営業車の入れ替えでお役ご免となり、ボディ全体がサビや汚れで覆われて廃車置き場で佇んでいる……と、見る人の想像をかき立てる仕上がりとなっている。
キモとなる汚し具合はウェザリングとサビ風の塗料で再現しているのだが、こちらのサニトラはワイパーのまわりに堆積したコケがポイント。このコケは鉄道模型の情景再現に使われる色付きのパウダーを使用。それを良い塩梅で振りかけて、年月の経過をイメージ。
そしてこのサニトラから汚し塗装だけでなく、難易度が高いボディ加工にも挑戦。本来のモデルでは開閉しないボンネットとリアゲートを、カッターを使って開くようにアレンジしている。放置車両の中にはボンネットやドアなどが開きっぱなしの個体もあり、リアルさを高めるための策として取り入れた。荷台に山積みになっているのは、クラフトペーパーで作った段ボール箱。程良い厚みがあるクラフトペーパーの方が、より段ボールらしくなるとのこと。それをつぶして曲げて、さらに大胆に汚すことでサニトラのヤレ具合に違和感なくマッチ。きっと中の蚊取り線香は、とうの昔に湿気って使えないだろう(妄想)。
今は放置車両の作り方をネット上で公開している人も多い。PAPANさんの作品も参考にしながら、理想的な1台を作ってみるのも面白い。