フォードのヨーロッパ進出をF1界のイメージアップで先導した立役者
モータースポーツに関心のある方なら、英コスワース社の名前はご存じだろう。時おりイギリスのエンジン・チューナーと紹介される例を目にすることもあるが、これは完全な間違いで、正確には自動車エンジニアリング会社と表現するのが正しい紹介になるだろう。創業から今日に至るまで自動車メーカーに深く関わっているコスワース、かい摘んでご紹介しよう。
F1の名門ロータスとともに発展
もともとはレーシングエンジンデベロッパーとして1958年に創業を始め、1967年に送り出したF1エンジンDFVの成功が、一躍コスワースの名を世界に広めたことはよく知らている。しかし、その優れた開発能力、技術力は、レーシングエンジンの開発にとどまらず、自動車メーカーの共同開発パートナーとしても非常に貴重な存在として高く評価されているのが現在の状況だ。
なお、コスワース社自体は、ロータスに在籍したマイケル・コスティンとキース・ダックワースの2人が起業した会社で、社名は2人の名前に由来したものだ。
ちなみにコスワース社は、F1用エンジンDFVの成功が大きなステップボードとなっているが、DFVのプロジェクト自体は、当時ヨーロッパ市場への進出を目論んでいたフォードの後ろ盾によるもので、DFVへの試金石となったF2用のFVA、それに続くFVC、あるいは最初期のレーシングエンジンであるマーク1からマーク17、あるいはSCAからSCCのシリーズは、すべてフォード系のエンジン、105E/107E/109E/116Eがベースとなっている。
ラリーカー、ツーリングカーでも高性能エンジンを提供
初期のコスワースは、独立したエンジンデベロッパーとして活動したものの、1960年代、1970年代の活動を見るとフォード色が強かった。実際、1970年代にラリーフィールドで活躍したフォード・エスコートRSシリーズが搭載するBD系シリーズも、フォード・ケント系のブロックをベース(BDA)にするエンジンだった。
もっとも、BDA自体の成功例は、アルミブロックとした2リッターF2用のブライアンハート製が有名で、コスワースのBD系エンジンとしては、エスコートRSに搭載された1701ccのBDB/BDCがその成功例となっていた。さらに1970年代中盤、ETCで活躍したフォード・カプリが搭載したGAA型エンジンも、フォードエセックスの3リッターV6をベースとするコスワース製エンジンだった。
フォード色の強かったコスワース社だが、実際には不特定多数を相手にする立場にあることを強く意識させた車両が、1983年に登場したW201メルセデス・ベンツ190E2.3-16だった。W201は、前年1982年にリリースされたメルセデス・ベンツの新型小型車で、当初は4気筒のM102系SOHCエンジン(ガソリン)を主体とする車種構成だった。
こうした車種構成の時期に送り出された190E2.3-16は、W201シリーズのスポーツモデルとして企画された車両で、当時のツーリングカーレース規定であるグループA(DTM)を見据えた車両企画だった。このためダイムラー・ベンツ社は、搭載エンジンの開発をコスワース社に委託。ベンツに開発能力がなかったわけではないが、開発スピード、開発コストの問題などを考慮し、信頼できる外部企業へ委託することが、性能の問題も含めより効果的、効率的な方法だと判断されたためだ。
これを受け、コスワース社ではベンツの4気筒M102系(SOHC2バルブの190E2.3用)をベースに、ヘッドを4バルブDOHC化したM102.983型エンジン(188ps、コスワース表記WAA型)を開発。言葉で表現するとシリンダーヘッドの4バルブDOHC化となるが、ピストン、コンロッドまで含めた腰下すべての見直しが図られたことは言うまでもない。
シャシー性能の問題もあって、190E2.3-16はグループA規定で大成することはなかったが、グループA2クラスの排気量枠いっぱいに排気量を引き上げるため1988年に190E2.5-16(M102.990型、コスワース表記WAB型,2498cc、204ps)が企画された。さらに1989年には、レース用としてより高回転域で有利なショートストローク型のM102.991型エンジン(2463cc、200ps、コスワース表記WAC型)を開発し、190E2.5-16エボリューション1として進化。続く1990年には、ロードカーして性能を引き上げた190E2.5-16エボリューション2に発展。エンジン出力を引き上げたM102-992型エンジン(235ps)を搭載。開発はすべてコスワース社が手掛けていた。
一方、コスワース社とヨーロッパ・フォードの結びつきは相変わらず親密な関係で、フォード・シエラのツーリングカーレース対策モデル(グループA)として1985年にシエラRSコスワースのエンジン開発をフォードから請け負った。ギャレットエアリサーチ製T3型タービンと組み合わせたYBB型エンジン(1993cc、204ps)を開発したが、間もなくレース用としてタービン容量の不足が判明。1987年、ひと回り大きなサイズのT4型タービンに換装したYBD型エンジン(225ps)搭載のシエラRS500コスワースが登場することになる。
さらにこのYB系エンジンは、グループA規定となったWRC用にも振り向けられ、1993年に発表された4WD方式のエスコートRSコスワース用YBT型(227ps、T35型タービン)とタービンをT25型に下げたYBP(227ps)が作られた。
高精度エンジンは自動車メーカーの少ロットマシンにも
この間、F1用エンジンの開発も精力的に行われていたが、その後意外にも日本メーカーとの関わりを持つことにもなった。2010年、スバルUKが自社企画としてインプレッサWRX STi CS400 Cosworthを発表。3代目となるGRB型インプレッサをベースに、コスワースは2.5リッターのEJ25型ターボエンジンを開発。400psを発生するプレミアムモデルで生産台数はわずかに75台の希少モデル。ロードカーとしてはインプレッサ史上最強となるモデルで、コスワースによってすべてが見直された高性能エンジンだった。
さらに2014年、コスワースはスバルBRZ用チューニングプログラムとして「FA20パワーパッケージ」を発表。当初はBRZのみの予定だったようだが、車両の基本が同じトヨタ86にも対応することを明示。ライトチューンとなるステージ1の230ps仕様と過給機(スーパーチャージャー)を装着するステージ2の仕様が発表され、最もパワフルな状態では380psに達するというパワーパックキットとして販売が計画された。現時点でこのキットがどうなっているかは不明だが、チューニングキットというこれまでのコスワース社には見られない、新たなビジネスモデルに踏み出した一例だ。
また、2016年にリリースされた2代目ホンダNSXのJNC型3.5リッターツインターボエンジン(507ps)の開発、生産もコスワースが受け持っている。
エンジン技術に関しては世界トップレベルと見られるホンダだが、少量生産性、高精度な生産技術が必要なNSXの特徴を考慮して、コスワースにエンジン関係を受け持たせたということである。
お家芸のエンジン事業に加え、2006年には他社の求めに応じるエンジニアリングコンサルタント業、高性能エレクトロニクスの開発、コンポーネント製造業と業務分野を広げているが、その立ち位置は、自動車開発に関わる最先端企業として創業時から変わらぬ名門である。