ターンシートと手すりの組み合わせで乗降性を高めた
福祉車両の充実が進み、軽自動車にも選択肢が増えている。もっとも多いのは、リアゲートを利用して後席の位置へ車椅子で乗れる福祉車両だが、高齢者を含め、体調が十分ではない人のためにも、日常的に利用しやすい車種として、助手席のターンシートがある。
これは機構が単純で、座席が外側へ回転し、乗降を助けるというものだ。回転する角度にはいろいろあって、ダイハツのスーパーハイトワゴンであるタントは30度回転する。これに対し、ホンダN-WGNは倍以上の63度も回転する。その違いはどこにあるのか。それぞれに、利点があるはずだ。
タントの場合は、外側への回転が30度しかないが、回転したところの正面となるフロントウィンドウの支柱(Aピラー)部分にグリップがあり、これを握りながら体を持ち上げることができる。実際、年齢を重ね筋力が落ちてくると、椅子から立ち上がるのも容易ではなくなる。したがって、介助者が腕を引っ張って立ち上がらせなければならないこともある。手すりがあれば、これを握って力を出すことができるので、本人も楽だし、介助者もそれほど力を入れずに済む。
椅子から立ち上がりやすいことも、介護の上で重要な点だ。あわせて、乗り込むときにも、手すりがあると、ドスンッと椅子に腰を落とさずに済む。そこに座席があるとわかっていても、ゆっくり屈むことのできない場合、腰を急に下ろすには不安が残る。この点でも、ターンシートと手すりの組み合わせは、高齢者など、足腰に力の入りにくい人をよく知ったうえで開発されたとみることができる。
またタントの場合、ダイハツ独創のミラクルオープンドアにより、後ろのスライドドアを開けたときの支柱(Bピラー)がないため、フロントドアを大きく開けられないような狭い場所でも、間口を大きく得られ、30度回転した助手席から降りやすくなる。
つまり、ターンシートの回転角度だけで優劣が決まるわけではなく、それをどのように利用するか、利用できるかという、手すりや間口の広さなどを含めた総合性能で判断すべきといえる。その点でも、販売店などで実際に体験してみることが、福祉車両の車種選びで重要なことになる。
「3現主義」に基づいた万人のための商品開発が求められる
ダイハツは、新型タントを開発する際に、事前に産官学民の協同による福祉車両の新装備開発の研究を行っている。具体的には、産は販売店を含めたダイハツグループ、官は自治体、学は理学療法士協会、民は地域の消費者だ。これを、地域密着プロジェクトと呼ぶ。
販売店に、高齢者など消費者を、自治体を通じて招き、そこに開発車両を持ち込みながら、理学療法士の立会いの下で、福祉車両の使い勝手を検証し、データにまとめて考察した。車内の手すり一つの使い勝手から、クルマへの乗り降りや、乗車後の座席の移動など、様々な観点から体験調査が行われたのである。
福祉車両の開発では、さまざまな調査や検証が行われているはずだが、健常者の視点での設計は容易ではない。よかれと思って開発した装備が、扱いにくかったり、利用に不安を残したりすることが起こりかねない。
なおかつ福祉の現場では、駐車場所にゆとりがあることは少なく、路地や市道を入った先で使いたいということもある。まさに現場・現物・現実という実態を見て、経験して、はじめて最適な福祉車両が出来上がることになる。そのためには、関わるすべての関係者が時間や手間といった労力をおしまない取り組みが不可欠だ。
しかも体調は、一人ひとり異なる例が多く、必ずしも一つの仕様ですべてを賄えないことも起こり得る。かといって、すべての人に合わせられるような調整機能を設けるのも、機構や原価などの点で難しい場合がある。商品として仕立て上げる落としどころも複雑だ。
どれほどオーダーメードに近づけられるか。これも、試行錯誤や永年の経験、そして現場の声から解決の糸口が得られることになるだろう。その積み重ねが、標準車か福祉車両かという境界を無くした、本当の意味でのユニバーサルデザインにつながるのだと思う。
すべての人が、いつかは福祉の助けを得なければならない年齢に達する。また、健常者と障害者という区別のない商品は、万人に役立つものでもあり、3現主義に基づいた万人のための商品開発が、今後いっそう求められることになるはずだ。