こんなクルマがあったとは!驚きのデザインでも前進、前進
クルマの第一印象を大きく左右するのはやはり、エクステリアデザインです。そこには時代の流れもあって、当時はこれがカッコいいとされていた、といった評価軸もあるでしょうし、それ以前に十人十色の好みもあるでしょう。同じクルマに対してある友人が「すっごくカッコいいよね!」と言ったかと思えば、また別の友人は「なんであんな格好の悪いクルマが売れるんだろう?」と言ったりします。ですからクルマのデザインに関して論評するときには、あくまでも個人的な意見ですが、と注釈を入れるようにしています。
しかし、今回紹介するクルマたちは、たぶん間違いなく全員、少なくとも10人中8~9人は「変なデザイン」だとか「変わった格好」と評価すると思います。だってこれらは、どちらが前か後ろか分からないデザインだからです。
どっちがノーズかテールかの「スターライトクーペ」
どちらが前か後ろか分からないデザイン、となるとまず最初に紹介すべきクルマはスチュードベーカー最初の戦後モデル、スターライトクーペでしょうか。
若い読者には耳慣れないブランドかもしれませんが、スチュードベーカーは、馬車工場から発展した米国のメーカーでした。19世紀から20世紀にかけて電気自動車やガソリンエンジン車のOEM製作を手掛け、1911年に会社を設立すると13年から自社ブランドであるスチュードベーカー車の生産を始めています。
戦時中は軍需のトラックなどを生産していましたが、戦後すぐに乗用車生産を再開していますが、1947年には高名な工業デザイナーとして知られるレイモンド・ローウィがデザインした第三世代のチャンピオンとコマンダーが登場しています。
中でも2ドア5座のスターライトクーペは、その“奇抜な”デザインが注目を集めることになりました。少しふくよかなフロントセクションに対してリアセクションは尖ったトランクと、4分割の曲面ガラスで囲まれたキャビンが特徴で、「Coming or Going?(近づいて来ているのか離れて行っているのか。つまりどちらがフロントなんだ?)」と揶揄されるほどだったようです。
空力追求先駆車「トロップフェンワーゲン」
スターライトクーペ以上に、前後がそれぞれ独特なルックスを見せている1台がミュンヘンのドイツ博物館分館で出会ったルンプラーのトロップフェンワーゲン。“ティアドロップ”の愛称を持ち、世界で最も早い時期にクルマの空力追求を行った歴史的な1台です。
縦2灯式のヘッドライトがセンターに装着されている方がフロントだろうと予測はつきますが、前後ともに想像を絶するデザインには呆れさせられました。
またメッサーシュミットやハインケル・カビーネ、イソ・イセッタなどの“バブルカー”も前後が独特で、これもヘッドライトの有り無しで想像はつきますが、それがなければ果たしてどちらが、と迷ってしまうかもしれません。
イソ・イセッタ
またフィアット600ムルティプラや大型バスのセトラS11なども、フロントもリアも独特なデザインですよね。
世界初のミッドシップとも言える「ヤヌス」
前に挙げたクルマたちは、前後のデザインは別物でしたが、これから紹介するツェンダップのヤヌスは前後がほぼ同じデザインで、言ってみれば前後対称になっています。
このヤヌスを紹介する前に、ツェンダップについても少し触れておきましょう。
バイク好きの読者ならご存じかもしれませんが、ツェンダップというのはドイツの機械メーカーで第一次大戦後に2輪の生産を始め、やがて4輪進出を企画してフェルディナント・ポルシェ博士に小型車の設計を依頼。完成した試作車=ツェンダップ・フォルクス・アウトは、後にVWのタイプⅠ、いわゆるビートルへと発展していく最初のプロトタイプとなりました。
そんなツェンダップが第二次世界大戦の後、初めて製作した4輪車がヤヌスでした。こちらはポルシェ博士とは何の関連もなく、ツェンダップからの依頼で航空機メーカーのドルニエ社がプロトモデルを開発しています。ちなみに、そのプロトモデルとはツェンダップ・フォルクス・アウトとともに、ニュルンベルク産業文化博物館で出会っています。
その成り立ちを紹介すると、前席と後席を背中合わせにマウントし、その中間に250㏄の2ストローク単気筒エンジンを搭載して後輪を駆動していました。ちなみに、クルマの黎明期には、例えばパナール・エ・ルバッソールの1号車も前席と後席が背中合わとなっていて、2列のシートの間にエンジンがマウントされていました。そんな黎明期の例を除くとヤヌスは世界初のミッドシップレイアウト、ということになります。
ボディには、前後それぞれの座席に乗り込むために前面と後面に1枚ずつ、ハインケル・カビーネ、イソ・イセッタなどのような右ヒンジのドアを設けていました。だから正確には前後対称ではなく点対称なんですね。
このヤヌスという車名ですが、ローマ神話に登場する、前向きと後ろ向き2つの顔を持つと言われたヤーヌスに因んでいます。
スズキの韋駄天「キャリイ」もこだわりのデザインで登場
ヤヌス以外にも前後対称のクルマは、100年余りのクルマ史の中に、何台も登場しています。
例えば1920年代にドイツで誕生したハノマーグの2/10馬力などは、サイドビューで見る限り前後対称のシルエットを持っています。
もっとも、現在では大きなマーケットに規模が拡大しているミニバンもごく初期には1boxのバン(商用車)をベースに仕立てられていましたが、それなども前後が(比較的)対称な形状になっています。
ただし1boxの中でも明らかに前後対称を意識してデザインされたモデルがありました、それも国産車に。実はスズキ(当時はスズキ自動車工業)が69年にリリースした軽商用車で4代目となったL40型キャリイがそれで、イタルデザインを設立することになるジョルジェット・ジウジアーロが、ギア時代に手掛けた1台です。
フロントウインドウの傾斜角に合わせてリアウインドウも傾斜させているために、荷室容積が犠牲になってはいますが、まさに箱型のクルマが多い中でその存在感は抜け出ていて、“韋駄天キャリイ”のキャッチコピー通り、高度成長期の国内を縦横無尽に駆け回っていました。掲載している写真は、70年に大阪で開催された日本万国博覧会用に開発された電気自動車で、浜松市にあるスズキの企業博物館、スズキ歴史館に展示されています。
最初にも書いたように、これらのデザイン(とクルマそのもの)を認めるかどうかは一人一人の嗜好によるところが大きいでしょう。
今年2月に横浜のみなとみらい地区で行われたヒストリックカーイベントでは1台のヤヌスが出品されていました。実は国内で見かけるのはこれが初めてで、思わず仕事も忘れてクルマ談義をかわしていました。そしてそのオーナーさんがヤヌス(のデザイン)をとても気に入ってらっしゃることが伝わってきました。
そうなんです。一風変わっていようがどうであろうが、好きになったらそれでいい、というのがクルマとの付き合い方なんでしょうね。個人的にはリアにトランクを背負うBMWイセッタが気になります。