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走行距離わずか730kmの「マツダR360」が発掘! 「お宝すぎる」その中身とは

新車から60年間ノンレストアの奇跡の個体

 5回目の開催を迎えたオートモビルカウンシル2020が7月31日〜8月2日までの3日間で行われた。コロナ禍のなか、魅力的な新車と見まがうような80台のクラシックカーが展示され、1万1230人が来場し、盛り上がりを見せた。

 その中でも、かつて東京目黒にあったスーパーカー屋さんであり、現在は群馬県でヘリテージカーを扱うオートロマンが持ち込んだマローンルージュを纏うマツダR360クーペの周囲はクルマ好きの中でざわめきを見せるていた。「ノンレストアだって!」「オリジナル塗装らしいよ」「珍しいスライド式のドア!!」など情報が飛び交う。一見、普通のR360クーペとも思えたが、実はとてもレアな1台だった。

今はなき「2+2」というパッケージング

 まずは、R360クーペとはどんなクルマだったのか振り返ってみたい。1960年から1966年まで生産されたR360クーペはマツダ初の乗用四輪車で、全長は軽自動車よりも40cm以上も短く、2008-2009の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したトヨタiQより-5mm短い2980mmという大きさで、全幅と全高ともに1290mmしかないマイクロモデル。だがそのパッケージには、大人2人と子供2人がゆったり座れる2+2が採用されていた。 当時のオートバイや軽自動車は2サイクルがオーソドックスだった時代に、軽自動車初の4サイクルエンジンをリアに搭載し、4速MTと2速AT(トルコンバーター式)を設定。実はこのエンジン、「ドライサンプ(エンジン外にオイルタンクを設け、潤滑させる)」というメカニズムを採用し、ロッカーアームカバー、オイルパン、クラッチハウジングケースなどにマグネシウム合金を使った、とても贅沢な空冷V型2気筒4ストロークだった。

 ほかにもボンネットやシートフレームにまで軽金属を使用し軽量化を図った結果、当時ライバルだったスバル360よりも5kg軽い、380kgという軽量な車両重量を実現。さらに、空冷2サイクル2気筒エンジンで4人乗りのスバルは最高速度が83km/hだったが、R360クーペの最高時速は90km/hに到達した。

 衝撃的なのは当時の新車価格で、スバル360の38万8000円よりも約10万円安い30万円(トルクコンバーター車は32万円)という驚異的な低価格が話題となった。・・・・・・とはいえ、60年代のサラリーマンの月収が約2万円と考えるとそうそう気軽に買えるものではなかったが、同年だけでも2万3417台が販売された。

スライド式ウインドウを持つ初期モデル

 話を戻そう。オートロマンが参考出品していた1960年式のR360クーペは、初期モデルの後期型。

 主な特徴は、運転席側にしかないワイパー、アクリル製スライド式ドアウインドウ、ヘッドランプリム、ボンネットフード、エンジンフード、ドアサッシにアルミ合金製がおごられていた。たった16馬力しかないエンジンの性能を活かすための軽量化は隅々におよんでいた。

 さらに後期型になるとアルミ製ホイールキャップに2本のリブが入る。初期型はごくごくプレーンなデザインだったが、キャップの脱落対策としてこのリブを採用することが仕様変更の目的だったとも言われている。

 上記でも触れたスライド式の窓であること自体が実は非常にレア。というのも発売当初からスライド式ウインドウへの苦言が多かったそう。そこで半年間ほど製造したところで、車検や整備でディーラーに入ってくると「サービス」と称して強引(?)に巻き上げ式に変えていったとか。よってスライド式のウインドウを持つ車両が現存している台数は極めて稀であるそうだ。

高島屋の包装紙のようなシートは純正オプションだった!

 内装に目を向けると、老舗デパートで使われてそうな、可愛らしい薔薇柄シートカバーがインパクトに目を奪われる。ひょっとして前オーナーの手作りか? 気になってオートロマン代表の諸井さんに尋ねると衝撃的な言葉が返ってきた。

「じつはこれ、純正オプションなんです。当時のカタログ画像も見せて頂いたのですが、本当に掲載されていて私も驚きました。ラジオは組み込まれていますが、当時のオプション品ですね。他にも扇風機やハンドルカバーなど譲って頂きました」とのこと。

新車時のオリジナル塗装が残っていた理由とは?

 クルマの詳細を尋ねていくうちに、いわゆる「納屋モノ(物件)」だったと言うことがわかった。なるほど、長い間紫外線を受けていないからこそ、シートに焼けがなく、当時の塗装が生きているというわけか。

「前オーナーさんは、約20年前にほぼ今の状態で譲り受けたそうです。その方はホンダ設立時から1964年迄の全シリーズの車両を所有する(総数300台)筋金入りのコレクターさんで、 ノンレストア車と、フルレストア車の両バージョンを揃えています。

 ですが、2019年の台風の影響で保管していた自宅の屋根から雨漏りがしてきちゃったんです。そうそう簡単に避難させる場所も見つからず……、ちょうどR360クーペを移動すると10台が置けるスペースが確保できると言うことで、泣く泣く手放すことになり、私のところにやってきました」(諸井さん)。

 多くの場合、この手のクルマを入手するとレストアに入れてしまうものだ。そうなると全塗装もするケースが多いが、このようにオリジナルペイントが残っているというのは、仮に変色があったとしてもペイントそのものが貴重で価値がある。20年前に譲り受けたままの姿を残していることに、前オーナーさんの愛情が伝わってくる。

走行距離「730km」! 工場から出たままの状態で残されていた奇跡の1台

 諸井さんが車両を引き取る当日、実車の確認をするために前オーナー宅に訪問したところ、すでにR360クーペは積載車に乗せられていた。そこで気づいた新品のハンドルカバーやホイールキャップと言ったデットストック品にまずは驚いた。その後実車確認もままならず、諸井さんのガレージに迎え入れてふとメーターを見たところ、さらにひっくり返りそうになったという。

「走行距離が730kmになっていました。当然ですが最初は『ひと回りしたかな?』って思いましたよ。ただ、リアのアクリルウインドウの状態を見ても磨いた形跡もないし、ウエザーストリップは劣化しているので交換をしたようには見えないですし……。まさかとは思いましたが、その後いろいろと確認をしていくと、新車から730kmしか走っていない、本当に工場から出たままの状態だったということがわかったんです。なので、内装のフロアマットも60年前のモノなんですよ」。

 まるでタイムリスリップをしてきたかのような個体を目の前に、図々しくエンジンルームを覗かせて頂くと、初期型の特徴ともいえる遮音効果をもたらすスポンジ(!)が残っていた。

「山梨県でクラシックカーのレストアなどを行っている【復元カレラ】の社長に状態を説明すると『エンジンルームのスポンジが残っているのは奇跡だよ!』と言われました」。

まさにサバイバーと呼ぶに相応しい個体だった

 諸井さんの手元に来た後に車検を取得するために整備を行ったが、最初のオーナーが購入したとみられる、ほとんどの部品が付属されていたため動かすまでに苦労をしなかったという。「キャブレターがアルミ地むき出しになっていて見窄らしい」と諸井さんは話すが、レストア部品ではなく当時の新品部品を使用して動かしているということだけでも凄いこと。なお、経年劣化していた一部の部品はマツダから出ていたこともあって、無事動かすことができたようだ。

 折角なので細部を見たいとわがままを言い燃料タンクやスペアタイヤなどが入っているフロントフードを開けて頂くと、おもわずハナヂが出そうになった。マツダのロゴペイント部分こそ少し禿げていたが、ビニールカバーに包まれたスペアタイヤはまるで当時からタイムスリップをしてきたかのような姿のまま残っていた。まさにサバイバーか生きた化石かというほどのもので、これを見られただけでも十分な価値がある。

 こうしたクルマが見られるのもイベントならではといえる。レストアが全てではなく、極力部品を修理して当時の姿のままを残し、1台でも多くのクラシックカーが現在から未来へと文化として伝わっていってくれることを願いたい。

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