2年の活動休止から復活、98年にはモンテを制覇 トヨタ・カローラ WRC(AE111/WRカー・1997年)
トヨタ/TTEが活動を休止している2年の間にWRCは大きな変貌を迎えることになりました。車両規定が変更され、97年より年間2万5000台以上の量産車に大規模な改造が認められるワールドラリーカー(WRカー)規定が導入されることになったのです。トヨタもこれに則ってベースモデルをセリカから、一回りコンパクトなカローラ・ハッチバック(AE111系)へとコンバート。ライバルはすでに、競技車両のベースを一回りコンパクトなモデルにコンバートしていましたが、これでトヨタ/TTEもライバルと同じ土俵に立つことになりました。
カローラWRCは97年のラリー・フィンランド(旧1000湖)でデビューを果たすと翌98年にはフル参戦。開幕戦のモンテカルロでカルロス・サインツが優勝し上々のスタートを切ることになりました。そしてトミ・マキネン/三菱とタイトル争いを展開することになりましたが、最終的にはドライバー/マニュファクチャラーともに2位に終わっています。
翌99年もドライバータイトルは逃したもののマニュファクチャラータイトルを奪回。これは94年以来3回目の栄誉でしたが、このシーズン限りでTTEはWRC活動を休止することになりました。
復帰2年目でマニュファクチャラータイトルを奪回 トヨタ・ヤリス WRC(NSP131/WRカー・2019年)
新たなワールドラリーカー(WRカー)規定が導入された2017年に、1999年以来18年ぶりにWRCに復帰したトヨタの新たな競技車両がヤリスWRC(NSP131)です。先代の競技車両だったカローラWRCよりもさらにコンパクトなヤリス(国内名はヴィッツ)をベースに、TMGがエンジンを開発、トミ・マキネン・レーシング(TMR)が車両を開発すると同時にチーム(TOYOTA GAZOO Racing WRT)のオペレーションをも担当する新体制が構築されています。
TMGで開発されたエンジンは、1.6ℓ直4の直噴ターボ。規定のリストリクター(36mmφ)を装着しながらも380馬力上の公称出力を発揮しています。コンパクトなボディのヤリスがベースだけに(相対的に)大袈裟すぎるほどのエアロパーツ、特にリアのウィングが外観上の大きな特徴となっていますが、フロントスポイラーやフェンダー両端のカナード、さらに前後のオーバーフェンダーなども合わせて空力処理が追求された結果、大きなダウンフォースを得ているようです。
デビュー戦となった17年シーズン開幕戦のモンテカルロではヤリ-マティ・ラトバラが2位入賞を果たし、続くスウェーデンでは初優勝、と上々のスタートとなりました。しかしまだまだ開発途上であり、このデビューシーズンはタイトルには手が届きませんでしたが復帰2シーズン目となった18年には13戦で5勝を挙げてマニュファクチャラータイトルを獲得。19年にはマニュファクチャラーのタイトルは僅差で逃したものの、オット・タナックがドライバー部門で、彼とコンビを組んでいたマルティン・ヤルヴェオヤがコドライバー部門で戴冠。堂々の2冠に輝くことになりました。