メーカー謹製のレーシングスポーツであった「タイプR」を身近に!
「もっと身近なタイプRが欲しい」
1992年のNSXタイプR登場以降、マーケットで高まる要望に応えて、1995年8月に3代目インテグラのマイナーチェンジと同時にリリースされたのがインテグラタイプR(3ドア・DC2/4ドア・DB8)だ。
高性能エンジンの代名詞であるVTECユニットをさらにファインチューン
既存車種だったのでゼロからの開発ではなかったが、ボディ各所に最適な板厚増しやパフォーマンスロッドを追加して補強するとともに、エアコンやオーディオ、リアワイパーレスのみならず、薄厚フロントウィンドウ、防音材の廃止、バッテリーの小型化といった多岐におよぶ軽量化をおこない、ベースの「SiR」に対して40kgのダイエットに成功。またサスペンションはブッシュ類を含めて専用のハードタイプに変更。ギアレシオは2~5速までクロスレシオ化。コーナリングマシンとしての資質を高めた。
レーシングマシンに近いハンドリング性能を持たせるとともに、高性能エンジンの代名詞であったVTECエンジン(B18C型)をさらにファインチューニング。自然吸気エンジンのパフォーマンスアップの基本に順じ、専用ハイコンプピストンによる圧縮比アップ(10.6→11.1)をし、クランクやコンロッドも強化。フリクションロスを低減するとともに吸排気系の損失低減を行うため、最適化された専用のエキマニ、インマニを装着。さらにインマニには熟練の職人の手で研磨加工が施された(初期型のみ)。
本格的なメーカーチューンドカーが200万円代で手に入ることで爆発ヒット
結果、自然吸気エンジンながら、排気量を変えることなく20馬力(200馬力/18.5キロ)も高めるなど、メーカーの本気を感じさせるチューンドカーに仕上がった。
しかも、これだけの内容を盛り込みながら価格は222.8万円(3ドア)と、若者でも手に入れられる価格に抑えられたこともあり、当時ミニバンやRVの人気が高まり、スポーツモデルの低迷が叫ばれていた中でも、スポーツユーザーから支持され、大ヒットとなった。またインテグラのブレイクにより、リクライニング式ながらサポート性の高い赤のレカロシート、チタン製のシフトノブ、赤いエンブレムは、その後のタイプRのアイデンティティとして定着してくことになる。
ただ、タイプRの登場で「タイプR以外はインテグラにあらず」の傾向が強まり、スペシャリティカーであるベースモデルの販売が低迷することに……。この流れがインテグラシリーズの寿命を縮めることとなったのはなんとも皮肉な話である。
ここで一つ疑問がある。量産型タイプRはなぜ、ホンダのスポーツモデルの代名詞であるシビックではなくインテグラに設定されたのだろうか?
B16A型VTEC、B18C型「96spec」、最強のスポーツエンジンを次々と搭載
これはあくまでも想像の域を超えないのだが、1980年代から2000年頃のホンダのスペシャリティ路線のクルマには先進機構を積極的に盛り込もうとしたのではないだろうか? しかも、しっかりと役割分担があり、上級のプレリュードはABSや4WS、さらにはATTS(左右駆動輪分配システム)などの革新的なメカニズムが投入され、インテグラは最新のスポーツエンジンを搭載する流れだったと思う。
こう書くと「タイプRのB18C以外は2代目に搭載された1989年のB16A型VTECエンジンしかないじゃないか?」との声が届きそうだが、じつは1984年にシビック/CR-Xに採用された名機ZC型ツインカムエンジンは当初クイント・インテグラ用(初代)として開発されており、レースホモロゲーションの関係で前倒しでシビックに搭載されたそうだ。
もちろん、支流であるインテグラで磨き上げ、熟成した上で本流のシビックに搭載する意味合いもあったのではないだろうか。
「98spec」で完成度を高め、FF車最速モデルとして人気は不動のものになる
話を戻すと、初代タイプRの人気を得たのは、圧倒的なパフォーマンスもさることながら、専用のB18C型エンジンには「96spec」のサブネームが付けられているとおり、のちにバージョンアップモデルが登場するのが謳われていたこともある。そしてデビューから2年半後に進化した「98spec」が登場する。
1999年末には最後のマイナーチェンジとなる「00spec」がデビュー。
FF車最速モデルとして、スポーツカー乗りから高い評価を受けたインテグラタイプRは2001年7月にベースとなるインテグラのフルモデルチェンジにともない、2代目へと進化。
プレリュードの生産中止にともない、ホンダのスペシャリティカーを一手に引き受けることとなり、ボディサイズが3ナンバーとなり、4ドアセダンは廃止された。
「2L化」「6速MT」「ブレンボブレーキ」などポテンシャルを高めた2代目
エンジンは新開発のK20A型の2LDOHCをベースに吸排気効率が高められ、20馬力アップの220馬力(トルクは21キロ)を発揮、ミッションも6速MTへとバージョンアップ。
2004年にサスペンションの取り付け部やステアリングコラムの剛性アップ、ブレーキのコントロール性を向上させるなど、進化の手を緩めることなくブラッシュアップしているが、クーペ市場の人気低迷により、2007年に市場からフェードアウトした。
スポーツカーとしての人気を得るにはバックボーンにある程度のストーリー性が必要ということだろう。実際、中古車市場では2代目よりも初代のほうが人気は高く、前者が200万円以下で多く存在しているのに対して、後者は250万円前後の予算が流通の中心必要。距離の薄いものは400万円代と新車以上のプレミア価格となっている。FFでもスポーツできることを証明した初代の功績は今も燦然と輝いているのだ!