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見た目はただの「セダン」中身は正真正銘「F1マシン」! アルファロメオ164プロカーという幻の衝撃作

市販車のイメージを残したレーシングカーは今も昔も大人気

 レーシングカーにはいろいろなジャンルがあるが、市販車のイメージを残したレーシングカーが一番好み、という人も多いだろう。それらのレーシングカーは、さらにいろいろなカテゴリーに分けられるが、なかでも派手なオーバーフェンダーやスポイラーをつけたマシンは、身近さと迫力を併せ持つことから、古くは「シルエット・フォーミュラ(Gr.5など)」、最近では「グランドツーリングカー(GTカー、クラス1、LM-GTE、GT2、GT3など)」といったカテゴリーが設定されていて、高い人気を誇っている。

 しかし、ほぼ市販車のままのおとなしい外観とは裏腹に、F1マシンそのものというとんでもない中身を持ったレーシングカーが存在した。それが、「アルファロメオ164プロカー(PROCAR)」である。

外観は「セダンのまま」でも構造は完全にレーシングマシン

 車名につく「プロカー」とは、世界のモータースポーツを統括していた国際自動車スポーツ連盟・FISA(現在は国際自動車連盟・FIAに吸収されて消滅)が、1988年からF1のサポートレースとして開催を予定していた「プロカー選手権」を指す。

 プロカー選手権のレギュレーションは、車重750kg以上、自然吸気で12気筒以下の3.5リッターエンジンを搭載し、年間生産台数2万5000台以上のクルマの外観を模していれば良い、というユルいレギュレーションだった。FISAとしては、人気が高い市販車ベースの車体に、F1にも使えるようなエンジンを載せたマシンの参戦を促せば、F1への参加が増えると目論んだのであろう。

 そこでアルファロメオは、このレースに参戦を決定。車種は、当時のフラッグシップで、絶賛売り出し中だった「164」を選択した。開発は、アルファロメオがフィアット傘下に入っていたことから、フィアットグループのレーシングマシンを手がけていた「アバルト」が行なった。そのため、164プロカーは、アバルトの開発コード「SE046」も持っていた。

 参考までに、市販の164の写真も貼っておこう。こうして見ると、164プロカーの外観が、低い車高やリアスポ以外、おおむね164そのものだったことがわかる。しかし、中身には市販車の要素はほぼ皆無。アルミとカーボンで出来たシャーシは、アルファロメオがF1でタッグを組んでいた関係を生かし、ブラバム(MRD=Motor Racing Developments Ltd)に製作を依頼。

 カーボン製のボディは、プロトタイプレーシングカーのように大胆な3分割が可能だった。前後はそれぞれ一体成型とされていたため、通常のクルマのようなボンネット・トランク・リアドアの開閉はできなかった。

F1用のV10エンジンをミッドに搭載

 164は前輪駆動車のため、本来ならエンジンはフロントに横置きされるのだが、164プロカーでは、最高出力600馬力以上を発生する、バンク角72°のV10エンジン「V1035」をミッドに縦置き搭載していた。実はこのエンジン、アルファロメオの次世代F1エンジンとして、プロカー構想前の1985年頃から開発が始まっていた。

 1986年にアルファロメオと契約したF1チームのリジェのマシンにも、ゆくゆくは積まれるはずだったのだろう。しかし、1987年、アルファロメオはリジェとの契約を突然破棄してしまったことで、V1035エンジンもお蔵入りとなってしまった。

 そのため、1987年になってアルファロメオにもたらされたプロカー選手権の話は、同社には朗報だったに違いない。164プロカーに、このエンジンが流用されたのは当然ともいえた。

 ブラバムが手がけたシャーシに載ったV1035エンジンは、ヒューランド製の6速ミッションを介して後輪を駆動した。ラジエターはフロントに置く。セダンにはおよそ似合わないほどに太いスリックタイヤ、プッシュロッド式のサスペンション、カーボン製ディスクを備えたブレーキも完全にレーシングカーのそれだったが、オーバーフェンダーを持たない164の車体内に収めるため、トレッドがとても狭いのが特徴だった。

 こうして完成した164プロカーは、テストで最高速度340km/h、0-400mを9.7秒という、フォーミュラカー顔負けの数値を残した。1988年9月には、モンツァサーキットでリカルド・パトレーゼのドライブで公開テストも行われており、その際も驚異的なパフォーマンスを見せつけている。

プロカー選手権は消滅しチャンスがやってくるも・・・・・・

 だが、開催を目の前にしても、プロカー選手権に興味を示したメーカーは現れず、アルファロメオ以外の参戦表明は、結局一社もなかった。そのためFISAは、1988年にプロカー選手権の中止を決定。せっかく作られた164プロカーは、完全に使い道を失ってしまったのだった。そうなると気になるのが、F1にも積まれず、プロカーでも用途がなくなったV10エンジンだ。

 そんな折、またアルファロメオにチャンスがやってきた。1991年、プロトタイプレーシングカー・グループCによるレース「WSPC=世界スポーツカー選手権」が「SWC=スポーツカー世界選手権」に改名した際、そのレギュレーションも大きく変わって、エンジンの規定が「自然吸気の3.5リッター」になった。そこで、3.5リッターV10エンジンを持っていたアルファロメオは、1992年からの参戦を目指し、アバルトと組んで開発コード「SE048」と呼ばれるグループCカーを開発した。

 しかし、このエンジンにはよほどの不運がつきまとっているのだろう。SWCから撤退するメーカーが相次いだことから、なんとSWC自体が1992年限りで終了。V1035エンジンは、またまた活躍の場所を失うことになってしまったのだ。

 なお、164プロカー・SE048ともに、ミラノ郊外のアレーゼにある「アルファロメオ・ミュージアム」に保存されている。

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