メルセデスベンツ190E
当時の女子大生に人気かつ、女子大生本人の愛車であることも多かったのが、メルセデスベンツ初の5ナンバー車でもある、ベンツ最小だったW201と呼ばれる190Eであった。日本ではヤナセが1985年から輸入・販売し、好景気もあって、爆発的にヒット。
それまで国産車に乗っていた女子大生、若者男子もこぞって買い求めたものだ。たしか、初期の価格は500万円程度だったと思うが、バブルのマジックは、それがお手頃と思わせたのである。男子はブルーブラック、女子はレッドのボディカラーがスタテータスカラーだった。裕福な女子大生の家では、娘に安全なクルマを買い与えたい・・・・・・という想いもあったようだ。
BMW3シリーズ
女子大生自身の愛車、というより、彼氏に乗ってもらいたいランキングで当時、圧倒的な評価を受けていたのが、六本木のカローラとまで言われるぐらい、東京都心に増殖したE30型BMW3シリーズだった。
190Eとの違いは、BMWのほうが、プロペラと青空のエンブレムに象徴されるように、爽やかでスポーティーな印象があり、乗っていると、クルマに詳しい好青年をイメージさせたからである。
実際、ボクも1985年型の325iに乗っていたけれど、女子大生ウケは抜群だった。ガイシャ=ヤバイ人が乗るクルマというイメージがまるでなかったのも、仮に、ナンパという場面でも、そこはかとない安心感を与えていたようだ。
アウディ80
まさにバブル期の入り口である1986年にパリサロンでデビューした、アウディ80も、女子大生人気絶大なドイツ御三家の1台。ベンツやBMWに対して、先入観にとらわれにくい、繊細でクリーンなイメージ(白紙的とも言えた)もあり、街に溢れた190Eや3シリーズとの距離を置きたい女子大生(若奥様)に支持を得た。
ただ、男子が乗ると、ちょっと頼りなさも感じさせたものだ。男子が乗るなら車格感がグーンと高まる、フォーマル感ある100シリーズ以上が安パイだったと記憶している。
サーブ900
男子が乗っていると、お坊ちゃま感がありすぎて、ちょっと頼りなさを感じさせたアウディ80に対して、アッパーな女子大生が「彼氏に乗ってほしいガイシャ」の渋い選択肢として、バブル期に注目されていたのが、サーブ900である。
バブル期、六本木のカローラと呼ばれた”赤い”BMW3シリーズに対して、六本木ほどギラギラしていなかった、比較的静かで大人の雰囲気があった夜の遊び場、乃木坂あたりで流行り、カタカナ商売人、著名人、芸能人にも愛用者が多く(テリー伊藤さんが輸入1号車のオーナーだったらしい)、クラシカルなスタイルから知的なイメージもあった”黒い”サーブ900なのである。
五木寛之の小説に登場したことも、知性派の若者人気を押し上げたと言っていい。なお、こちらは、助手席指定席の女子大生の憧れとなっていた1台であり、女子大生が愛車として、自らステアリングを握るケースは稀だったと思われる。
VWゴルフ・カブリオレ
東京、青山、表参道あたりでハイスタイル、ハイライフを謳歌する(六本木ではない)、当時のお嬢様女子大生に密かに人気だったのが、初代ゴルフに加わった、カブリオレである(なんと1992年まで販売継続)。幌はカルマン社(コーチワーク)が制作担当した。
1985年に1.8リッターエンジンが積まれ、バブル期真っただ中の1989年にはエクステリアをリフレッシュ。そのホワイトボディーが、まさにお嬢様仕様で、イケてる女友達と2人で青山や代官山を流すシーンがよく見られた。男たちからしてみれば、羨望である。
ボクの女友達(青山の有名大学に通うお嬢様)の愛車でもあり、自宅はなんと表参道の一等地にあった。初代ゴルフ・カブリオレは、今でもVWゴルフのクラシック・カブリオレとして価値ある1台だ。