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「パドルシフト」で手動変速よりも「Dレンジ」のほうが速い? AT車の奥深い世界をレーシングドライバーが解説

ひと括りでまとめられない「AT車のパドル」

 「AT車のパドル」と言ってもいろいろな種類があることをご存知だろうか。AT車はその言葉の通りフルオートマティックのトランスミッションだから、クラッチミートや変速などの操作をドライバーが行わなくてもいい。よってクラッチペダルが廃され、2ペダルのAT限定免許まで発給されるようになった。実際、免許取得時の実技試験で最も難関だったのは坂道発進でのクラッチ操作だったろう。ATの普及で運転操作が楽になり、女性を含め多くのドライバーが恩恵を受けて来たに違いない。

 一方で、スポーツカーにATは似合わないという意見も根強い。3ペダルを駆使し、ヒール&トウを決めて走るのがクールで楽しいと思われている。

 僕はもちろん3ペダルの時代に免許を取った。レースカーも当時は3ペダルが当たり前だ。ル・マン24時間で走らせたポルシェ962Cも国内最高峰のトップフォーミュラであったF3000も3ペダルだ。だから、さぞレースドライビングを楽しんできたのだろうと思われているかもしれないが、実際はそうではなかった。

 パワーステアリングも無い、重いクラッチと強大なGフォースを受けながらクロスレシオのミッションを変速させるのはいかに大変だったか一般の人は想像できないだろう。鈴鹿サーキットのダンロップコーナーや菅生サーキットの最終コーナーなど、3Gが継続的にかかるハイスピードコーナーで正確なステア操作を維持しつつ、素早くシフトすることがいかに過酷なことだったか。シフトミスは=エンジン破損に直結し、クラッシュすれば命にもかかわる。どんな過酷な状況でもミスは許されず、慎重かつ素早く操作してきた。シフト操作する瞬間は片手運転になり、ステアリングの補舵も大変だった。

 1995年頃からシーケンシャルトランスミッションがレースカーの主流となり、Hパターンのシフト操作から解放され前後に操作するだけのIパターンシフトが実用化される。すると間もなくシフターにアクチュエーターが装着され、ステアリングパドルスイッチで簡単に変速できるようになる。ドライバーはステアリングから手を離す事無く瞬時にかつ正確にシフトできるようになったのでラップタイムは向上し、シフトミスによるエンジン破損やクラッシュの恐怖からも解放されることになった。

 つまりレースドライバーにとって、パドルシフトは限界を高め、完全な操作を保証され、速く走ることに集中できる極めて有用な装備となっていたのだ。今ではF1など上位カテゴリーはほとんどが2ペダルのパドル化をされているのである。

AT車のパドルシフトを使えば速く走れるのか?

 さて、本題のAT車でのパドル使用の可否について述べていこう。実はレースカーにはさらに究極のメカニズムが存在した。それはフルオートマティックだ。サーキットの特性、コーナーやブレーキングに合わせて理想的な変速を自動的に行ってくれる装置だ。サーキット毎にテスト走行して最適な変速をプログラムしドライバーはパドル操作からも完全に解放されるのだ。しかし、これは余りにもドライビングがイージーになり過ぎ、スポーツ性が薄らぐなどの理由でトップカテゴリーのレースでは使用禁止が通達される。だから現状はパドルを操作する2ペダル方式が主流だ。

 では市販車はどうだろうか。AT車はレースカーのフルオートマティックに通じる「Dレンジ」を備えている。つまりサーキットでもDレンジにして走れば、ドライバーはステアリングと2ペダルに集中して走れる。究極的に楽にはなるが、Dレンジをサーキット走行に完璧にマッチさせるには前述のようなキャリブレーションというマッチング作業が不可欠となる。ほとんどのAT車はこうした作業は行っていないので、サーキット走行をDレンジで走ると変速タイミングが合わない。そんな時にパドルでマニュアル変速することは有効だといえる。

 ただ、ATやパドルを一括りに語ることは出来ない。ATにもトルコン、ツインクラッチ、シングルオートクラッチなど様々にあり、パドルもステアリングコラム方式、ステアリングスポーク式があり、操作方法もプッシュ、プルと一様ではない。

 ATの変速プログラムについても、アクセル全開時は最高回転まで引っ張るプログラムであるとか、コーナーで横Gがかかっている時は変速しないなど各社対応が異なる。またブレーキと連動してダウンシフトするなどのプログラムの有無も重要だ。

 こうしたプログラムを備えていて、サーキット走行でもDレンジで違和感なく走れて、かつ速さにも繋がっているのはポルシェのPDKやティプトロニック、ランエボXのTC-SST(ツインクラッチ)のスーパースポーツモードなどがある。 日産GT-Rなどもツインクラッチ系は乗りやすさを求めてパドル変速するとプリセレクトの油圧ロスが大きくなりタイムが落ちる。ツインクラッチ系ATで速さを求めるなら、多少の乗り難さを我慢してでもDレンジで走ったほうが速い。

 通常のトルコンATでのスポーツグレード程度なら、サーキット用のプログラムが施されていないのでパドルを使用しマニュアル変速したほうが走りやすく、速い。

 このように「ATとパドル」にも様々な仕様や特性があり、そうしたことを熟知した上で判断すべきだろう。パドルを使ったほうがいいか悪いか」の二択では語れない奥深さがあるのだ。

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