911からの脱却の象徴として水冷FRモデルが続々と登場
今、タマ数こそ極端に少ないが“ひっそり“と注目を集めているクルマが「ポルシェ968CS」だ。水冷式の直列4気筒エンジンをフロントに搭載したFR駆動のスポーツカーは、長いポルシェの歴史の中でも稀有な存在である。とくに軽量化が施されたCS(クラブスポーツ)は、マニアの間で人気が高く、驚くような価格で取引されているという。ここではレアなポルシェ968CSにスポットを当て、その歴史を振り返ってみよう。 空冷式のフラット6エンジンとRR(リヤエンジン・リヤ駆動)という個性的な駆動方式を組み合わせたポルシェ911は、唯一無二ともいえる強烈な個性を武器に多くのスポーツカーファンを魅了した。しかし、時の流れは無情なもので、自動車産業の近代化と共に旧態化しつつあった911からの脱却を画策したポルシェは、1975年に水冷4気筒エンジンをフロントに搭載したポルシェ924を世に放つ。近代ポルシェとしてリリースされた924は大きな成功を納め、1978年にはより快適で贅沢なGTとして928をラインアップに加えることとなる。そして1983年には924と928の間を埋める944をリリースすることで、近代ポルシェとしての布陣は完璧なものとなった。
911が復権! その陰で水冷FRポルシェの序章が幕を閉じる
近代ポルシェとして新たな一歩を踏み出したと思われたポルシェだが、その代名詞となっていた空冷フラット6エンジンとRRレイアウトから脱却することができず、新たな911としてタイプ964を生み出し、水冷と空冷の二輪生活を送ることとなる。
当時、フェラーリF40の好敵手として大きな話題を集めたポルシェ959で培った4WD技術やティプトロニックと呼ばれる新世代のATを搭載した911(タイプ964)は傾きかけたポルシェを救い、その波に乗るように首脳陣は水冷エンジン+FRレイアウトの近代ポルシェとの決別を決断する。そして第三世代へと進化を遂げた911が新たな主役となり、併売されていた水冷FRポルシェは時代と共に影の存在へと朽ちて行く。新たな時代への挑戦として生まれた924、944、928の3兄弟。唯一ミドルレンジを担う944シリーズだけは1991年に次世代モデルとなるポルシェ968へと進化を遂げ、1995年に生産が中止されたことで水冷FRポルシェの第一幕を閉じたのである。
カブリオレが登場するなど多数のバリエーションをラインアップ
では、第一期水冷FRポルシェの最後を見届けた968とはどんなクルマだったのだろうか。スタイリングは924をベースにブリスターフェンダーでワイド化を図った944と酷似しているものの、ドアパネルやウインドウ形状にまで手が加えられ、構成部品の83%が新たなパーツとして刷新されている。ポップアップ式のヘッドライトや近代的なデザインを用いたテールランプが特徴的ではあったが、市場では944のマイナーチェンジと思われていたことも影響し、大きなヒットへは繋がることはなかった。
第三世代の911として登場したタイプ964の影となり大きな注目を浴びることはなかった968だが、その内容は新たな時代を感じさせる技術が数多く盛り込まれていたことはあまり知られていない。当時としては画期的だったゲトラグ製の6速MTはドライブする喜びに満ちあふれ、944 S2から受け継がれた2990ccの排気量を持つ4気筒DOHCエンジンには可変バルブタイミング機構であるバリオカムを採用することで自然吸気ながらも240psを発生。低回転域から絶妙なトルク感を発揮する扱い易いものであった。968シリーズには標準車だけでなく、カブリオレ、CS、ターボS、CSをベースにした限定モデルのターボRSなどをラインアップすることで幅の広い層にアピールしていた。
スパルタンな2シーター仕様であったが日本導入モデルには快適装備も!
今回、その中で注目するのが1993年に登場したCSことクラブスポーツだ。このモデルはサンデーレーサー用に軽量化が施され、リヤシートを廃した2シーター仕様となる。室内にはロールケージ(純正オプションとして設定)が張り巡らされ、フロントシートはホールドに優れたレカロ製のフルバケットシートへと換装されている。その他にもLSDや車高調整式のサスペンションを備えることでスパルタンな味付けとなり、パワーウインドウやエアコン、リヤワイパーを取り払うことで50kgの軽量化を実現し車両重量は1320kgと記載されていた。 しかし、日本仕様として輸入された多くのモデルはパワーウインドウやエアコンを残した半贅沢仕様が多かったと言われている。発売当時はバブル経済の余韻が残り、週末のサーキットでは走行会や草レースなどが数多く催されていた。その影響もあり一部のファンの間で話題になったものの、日本に正規輸入された個体はそう多くはない。