覚えておきたいエンジンオイルの基礎知識
クルマを維持していくうえで定期的に行うべき整備項目はいくつかある。なかでも重要度が高いのがエンジンオイルの交換だ。エンジンオイルは一定の走行距離や時間を経過した場合に交換するものだけど、交換に適している距離や時期は車種や搭載エンジンごとに違うし、走らせ方によっても異なる。それにエアクリーナー交換などエンジンまわりのカスタムをしている場合も、ごく普通に乗っているノーマルエンジンのクルマとは交換時期が違ってきたりする。そこで今回はエンジンオイルについての基本事項や交換サイクル、選び方や作業手順などについて紹介したい。
エンジンオイルの役割1「潤滑作用」
まずはエンジンオイルの役割だが、これは大きく分けて5つの項目があるので順に解説していこう。最初の項目は「潤滑作用」というもの。エンジンはガソリンと空気を混ぜた混合気をプラグの火花によって燃焼(爆発)させ、発生した熱エネルギーを利用してクランクシャフトを回転させて動力を生む機械だ。
そしてこの一連の動作のなかで、カムシャフトやピストン、コンロッド、クランクなどは、組み合わさる周辺パーツと常に擦れたり摺動しているため、この運動をしている2つの面には摩擦抵抗やそれに伴う発熱が生じる。そこで各パーツがスムーズに動けるよう摩擦抵抗を減らすのがエンジンオイルの潤滑作用だ。
また、エンジン内のパーツにはそれぞれの動作に必要な隙間(クリアランス)が設定されているが、エンジンオイルはこの隙間にも入り込むことで衝撃が加わった際にその力を吸収し、金属面同士がぶつかり合うことを防ぐ効果も持っている。
このように摩擦や衝撃からエンジン内部パーツを保護することは、エンジンオイルがもたらす効果の中でもっとも重要なものである。
エンジンオイルの役割2「冷却作用」
つぎは「冷却作用」について。エンジンの冷却は主にラジエターに入れるLLC(ロングライフクーラント)をエンジン内部に循環させることで行っているが、じつはエンジンオイルもエンジン内を流れる際にエンジンが発生する熱を奪う役目をしている。
また、接触しながら運動するパーツ同士の間は潤滑しているとは言え摩擦熱が発生しているが、エンジンオイルはその熱の吸収も行っている。さらに高回転域を多用するスポーツカー用エンジンやハイパワーエンジンでは、高温に晒されるピストンを冷却するため、油圧を利用してピストンの裏側にオイルを吹き付ける「オイルジェット」という機構を備えるものもある。
ちなみにエンジンオイルに冷却作用があるといっても本来の役目は潤滑なので、多くのエンジンの場合はラジエターのような熱を放出させるための装置はついていない。そのため油温が上がりやすいハイパワーエンジンを積むクルマには、純正でオイルクーラーが装着されることもある。サーキット走行をするクルマやパワーアップを図ったチューニングカーでは、後付けのオイルクーラーが用いられる。
エンジンオイルの役割3「密封作用」
エンジンはピストンやクランクなどの回転運動により動作するが、この際にオイルの膜(油膜)が擦れあったり摺動したりするパーツ間の隙間を埋めることで一種の密封作用を生む。ピストンリングなどとあわせて、燃焼室内の燃焼ガスやそこで生まれた圧力が吹き抜けることを防ぐ役割も持っている。
密封作用はオイルの粘度が高いほうが得られやすい傾向なので、旧車や過走行車など「長年の摩擦によりピストンとシリンダー壁面のクリアランスが広がっている可能性が高いエンジン用」と謳われているオイルでは、粘度が多少硬めの設定になっていることが多い。
このオイルの粘度に関しては後述するが、ここでも少し触れておこう。パッケージに記載されている「〇W-〇〇」という表示のうち、ハイフンより左が低温時の粘度指数でハイフン以降のふた桁数字は油温が上がった際の粘度を表しているので、実際の走行時の粘度を意識するならハイフン以降の数値をみる。そして数字が大きいほうがエンジン運転状態の時の粘度が高いということなので、過走行車や旧車では後半の数字が大きいオイルを選ぶのがコツだ。
なお、油膜は密封作用だけでなく、ターボチャージャーの軸をハウジング内の保持部から浮かせつつ、回転抵抗を抑えるベアリング代わりでも使われている(オイルによる軸の冷却も同時に行う)。
エンジンオイルの役割4「防錆作用」
エンジンを構成するパーツは主に金属でも使われている部位によってスチール系だったり、アルミ系だったりと種類が異なっている。そしてこのうち、スチール系パーツの表面は空気やガス、水分などが一定期間触れ続けることで錆という腐食が発生する。そこでエンジンオイルには防錆効果のある添加剤が配合されていて錆を生む要因から金属表面を保護している。
ちなみに長期間動かしていないエンジン(とくに鋳鉄製ブロック)では、エンジン内壁の油膜切れによってサビが出ていることもある。その状態であってもセルモーターはトルクがあるので回すとクランキングできてしまうことも多いので「エンジンは問題ない」と判断しがちだがそれは間違い。長期放置車は基本的にエンジンオーバーホールを前提と考えること。最近は旧車ブームで長期放置車でも見た目の状態が良いと「良質車」と言われたりするが、エンジンを長期間動かされていない個体だと隠れたリスクがあるものと思って対応した方が良い。また、なんらかの理由で長期に渡ってクルマに乗らない場合、定期的にエンジンを掛けることでエンジン内に新しい油膜を作り、防錆作用を継続させることができる。
エンジンオイルの役割5「洗浄作用」
エンジンは混合気を燃焼して動力を生む機関だが、燃焼の際にススが発生することもある。また、エンジンオイルが循環する際にもスラッジと呼ばれる汚れが出るし、エンジン内部パーツが摩耗するときに出る金属粉などもあり、それらは熱が加わったりすることでワニスと呼ぶヘドロのような汚れになってエンジン内部やオイルの通路に付着してしまう。
そこで汚れが余計に溜まらないよう、エンジンオイルには粘性を利用して汚れを押し出す作用がある。同時に汚れを落とすための添加剤が混ぜてあるのでこれらの効果によってエンジン内の清掃を行っている。エンジンオイル交換後、しばらく乗るとオイルの色が黒っぽくなってくるのは洗浄作用のある添加剤が仕事をしている証拠だ。
取り除かれた汚れは消えるわけでなくオイルに混じった状態で一緒に循環されるのだが、これらの不純物はオイルの潤滑性能を低下させるものでもあるので、汚れたオイルを長期間使い続けるのはエンジンを傷めることに繋がるので、汚れが進んだエンジンオイルは交換が必要なのだ。
エンジンオイルの種類【ベースオイル】
エンジンオイルは油田から採掘された原油から作られるもので、製法はまずベースオイルというものを作るところから始まる。ベースオイルは原油を蒸留装置で加圧して蒸留させ、沸点の異なるオイルごとに分けられる。そしてそのなかから沸点の高い素材を再度蒸留し、そこで残ったオイルを精製したり添加剤を加えたりして作られたものがエンジンオイル用のベースオイルとなる。なお、クルマにはガソリンエンジンとディーゼルエンジンがあり、それぞれで使用するオイルは分けられている(一部、両方に使えるユニバーサルオイルもある)。ただ、ベースオイルについてはどちらも同じものを使っているようだ。
このベースオイルには「化学合成油」「部分合成油」「鉱物油」の3種類があって、化学合成油とは蒸留時に少量取れる素材をベースにした科学的に安定した性能を持つオイルのこと。価格が高い高性能オイルはこれをもとに作られている。
つぎは「鉱物油」だが、これは原油を蒸留したあとのオイルから不純物や有害な物質を除去したシンプルなベースオイル。化学的な加工が施されていないのでエンジンオイルとして不器用な面があったり耐久性は高くないが、添加物がないぶん温度変化などに伴う性能の劣化はゆるやかという特徴がある。また、鉱物油は価格が安価という特徴もある。
そして化学合成油と鉱物油を混ぜたものが「部分合成油」と呼ばれるものだ。鉱物油が混じるぶん100%化学合成油ほどの性能は出ないが普段使いのエンジンオイルとしては十分の性能を持つ。それに価格面が100%化学合成油より安価に設定できるというメリットがある。ただし、配合率に決まりはないので極端なことをいえば鉱物油に1ccでも化学合成油を入れれば部分合成油を名乗れる。
そういった点からスポーツカーやチューニングカー、それにハイブリッドを含む最近の環境性能が高いクルマなど、エンジン性能に特徴がある場合はオイルに対する要求もシビアなので、この手のクルマに部分合成油は向かないと言える。ただ、それほど高年式でなく、なおかつ一般的なエンジンを搭載するクルマであればオイルの値段が安いぶん、交換費用の軽減にもなるので部分合成油のエンジンオイルを使うという選択もありだ。とはいえ、エンジンオイルはエンジンの状態にあったものを選ぶことも大事なのでオイル購入時にお店の方の意見も参考にしたい。
エンジンオイルの種類【グレード】
エンジンオイルの交換を行うとき、粘度やベースオイルの種類の他にチェックしたいのが品質や性能を表すグレードだ。現在、日本で発売されているエンジンオイルではアメリカ主体(日本を含む)の「API規格」と「ILSAC規格」、ヨーロッパが主体の「CCMC規格」に「ACEA規格」、そして日本の「JASO規格」がある。ちなみにエンジンオイルにはアメリカの自動車技術者協会が定める「SAE規格(5W-30などと表示される)」もあるが、これは品質を示すものではなく粘度の分類で、数値はエンジンオイルとしての性能を保てる温度域を表したものだ。
表記の読み方は左の数値が低温域の粘度を示し、0Wがもっとも低温域の流動性に優れる。右が高温時の粘度で数字が大きいほど高油温に耐えるというものだが、この数値は車種や走行条件、走行する地域の特性ごとに製品の区分けをするために表記されているものなので、数値の大小がオイルの品質を表すものではない。なお、余談だがいま話題の自動運転のレベルを表すレベル1からレベル5という区分けもSAEが定めた規格だ。
話を戻すと、エンジンオイルの規格に関してはAPIが広く使われており、この規格を持つオイルをさらに国ごとの工業製品の認定団体がそれぞれのルールで認定しているという図式。そのためオイル容器にはAPIの表示と別の規格の表示という複数の規格表示がついていることもあるが、これらは別の意味を持つものではなくて「APIの〇〇規格相当」とか「APIの〇〇規格を基準に〇〇の性能を高めた」という感じに関連している。
では、改めてオイル規格で代表的なものを順に紹介していくとまずAPI規格。こちらはアメリカ石油協会が定めている規格でアルファベット2文字で表記する。規格はガソリンエンジンとディーゼルエンジンごとに分かれていて、表記はアルファベット2文字のうち、右の文字がそれぞれで設定されていて、左側の文字はガソリンエンジンだと「S」で始まり、ディーゼルエンジンだと「C」で始まるようになっている。
そしてアルファベット2文字のうちの右側はグレードを示すもので、ガソリンエンジン用もディーゼルエンジン用もAがもっともベーシックで、B、C、Dと文字が進むにつれて規格のレベルが上がっていくが、オイルの規格は年々厳しくなる燃費性能や排ガス規制をクリアさせることと密接な繋がりがあるので、規格が新しいほど高性能なオイルということになる。
なお、乗用車や小型トラックなど軽荷重車用のディーゼルエンジンオイルはガソリンエンジン用と同じ規格になっているが、API規格の「CF-4」以降は、JASO規格が定める「DH-1」という規格になる。そしてそのなかでも乗用車が「DL-1」、トラック、バスが「DH-2」という分類になっている。これに加えてクリーンディーゼル向けとしてススの量をさらに減らした自動車メーカーが設定する規格もある。
つぎはILSAC規格、イルザックと読む。こちらは日本とアメリカの業界団体制定したガソリンエンジン用のオイル規格。もともとはAPI規格オイルの品質を保証するような立場で作られたそうだが、いまはAPIのSL規格に合致したオイルであり、さらに大気汚染防止、省燃費などに関する項目についての基準をクリアしたものに付けられている。そのため主に環境性能を重視したクルマ用のオイルにこの規格のマークがついている。
そして最後に紹介するのは2020年5月から始まった「API SP/ILSAC GF-6」という規格。これは従来のものより省燃費性や性能の持続性などが向上しているほか、従来にない新たな項目としてタイミングチェーンの摩耗と異常燃焼の一種である早期着火を防止するという新しい評価項目に適応したものだ。
エンジンオイルの選び方
エンジンオイル選びの基本は所有するクルマの取扱説明書に記載されているオイルを選ぶことだ。多くの場合、自動車メーカー純正オイルを推奨しているだろうが、同時に銘柄ではなくグレードや粘度のみ指定されているので、好みのオイルメーカーの該当するものを入れてもまったく問題はない。ちなみに取扱説明書がこのような書き方になっている理由は、使用地域やオイル交換をするお店の在庫等の関係でメーカー純正品が入手できない状態であっても適切なオイルを選ぶことができるようにという配慮からである。
中古車で購入したクルマの場合、取扱説明書が付いていないこともあるが、その際は自動車メーカーのHPにある「サポート」から取扱説明書のPDF版が入手できることもあるのでそちらを利用したい。
ただ、こうしたサービスも年式の古いクルマまではカバーしていないのが現状だ。でも、年式の古いクルマの多くは走行距離も伸びていることも多いだろう。そういう状態では「エンジンオイルの役割・密封作用」のところでも書いたように、ピストンとシリンダー壁面のクリアランスが広がっているので、新車時に設定された粘度では密封作用が十分に行えないこともある。
とはいえ、チューニングなどしていないノーマルエンジンならば原則としては自動車メーカーが指定したグレード、粘度のエンジンオイルを使ったほうが安心感はある。けれどエンジンオイルの世界は広く、規模の大小問わず多くのオイルメーカーからそれぞれ特徴のあるエンジンオイルが発売されているので、そういったなかから自分のクルマにマッチするものを探すのもエンジンオイル選び・交換の面白さだ。そして旧車や過走行車向けに油膜の保持力を高めた製品というのもあるので、該当するクルマのオーナーはこうしたオイルを入れてみてはどうだろう。
このように種類の多いエンジンオイルなのでそれぞれの製品に対してさまざまな意見や感想があるが、例えばエンジンオイルを換えたあと、エンジンノイズが静かになることに重点を置いている場合、その他の性能がいくら優れていても、しばらく使うとノイズが大きめになるようなオイルでは「このオイルはダメだ」というジャッジになってしまうことがある。
このようにクルマのオーナーごとに気になっている部分が違うこともあるので、数あるエンジンオイルから自分にあうモノを選ぶ際は、まず自分が「エンジンの動作やフィーリングについてどこを気にしているか?」を整理してから、製品紹介の解説文を見たり、メーカーへ問い合わせてみると良い。これがお気に入りオイルを見つけるコツと言える。