継続は力なり! 初参戦から30回連続完走の技術力が蓄積されたモンスター
世界のモータースポーツシーンで、さまざまなカテゴリーにおいて栄光を築いてきた日本のレースカー。古くはホンダF1第一期の1965年、F1世界選手権で戦い、最終戦メキシコGPで初優勝した「RA272」、1991年ル・マン24時間レースで日本車初の総合優勝を飾ったマツダ787B、1990年代にはWRCのグループAカテゴリーでトヨタ・セリカGT-FOUR(ST185)やスバル・インプレッサWRX、三菱ランサーエボリューションが世界を圧倒する活躍を見せた。
1997年には国産車初のカミオン部門総合優勝を飾る
こうした日本のモータースポーツマシンが華々しい戦績を残しているなかで、じつは忘れてはならないモンスターがいる。それが日野レンジャーだ。
日本のトラックメーカーとして、若い技術者に「夢と成功体験をもって取り組んでもらいたい」という思いで、1991年に日野自動車50周年記念事業としてダカール・ラリーへ初参戦。以来、2021年まで30回連続完走(2008年は大会が中止)の金字塔を打ち立てている。
なかでも参戦7年目となった1997年大会は、カミオン(トラック)部門総合と排気量10L未満クラスで1-2-3フィニッシュの快挙を成し遂げた。
マシンは1994年にマイナーチェンジされた4代目レンジャーの改良モデル、通称「ライジングレンジャー」をベースにした車両を3台投入。1号車に菅原義正、2号車には参戦当初から車両開発を担当してきたJ.P-ライフ、サポート役を務める3号車にも経験豊かで信頼の厚いJ.プティを起用。パリダカ史上初の試みとなった、ダカール(セネガル)を起点にアガデス(ニジェール)を往復する難コースを見事に走破した。
ダカール・ラリーといえば迫り来る砂丘を次々と乗り越えていくイメージ。ブッシュ地帯が中心のルートはドライバーのテクニックはもちろんだが、マシン性能がものを言うラリーになることが予想され、万全の体制で挑むこととなった。
ところがラリー初日から1号車にラジエターのシュラウドカバーが脱落するトラブルが発生。序盤からクラストップのポジションを快走していたところでのタイムロスを余儀なくされた。このトラブルは2号車、3号車にも発生。メカニックは初日から徹夜を強いられることになる。
しかし対策を施した3台は2日目以降、好タイムを次々と叩き出し、2号車が連日トップタイムをマーク。5日目には総合トップに躍り出ると、折り返しのアンガスでは1位/2号車、3位/3号車、4位/1号車の順で後半戦に突入した。その後は1・2号車が1-2フィニッシュを展開しながら最終盤を迎えると、2位のポジションで首位のレンジャーを追っていたライバルがエンジントラブルで離脱。
カミオン部門では史上初となる同一チームによる1-2-3フィニッシュで国産車初のカミオン部門を制覇した。
排気量10L未満クラスで12連覇、まさに「リトルモンスター」
その後、前年の1996年大会を含めた2002年大会まで、排気量10L未満クラスにおいて7連覇を達成。2010年~2021年大会でも連続クラス優勝を果たし12連覇を成し遂げている。
残念ながらカミオン部門総合での優勝から久しく遠ざかっているが、2020年大会では菅原照仁が総合10位、2021年にはラリー3日目に転倒するアクシデントに見舞われながらも総合12位(クラス優勝)でゴールするなど、排気量8,866ccながら10,000ccを超える上位クラスに肉薄する走りを披露。そんな中型トラックのレンジャーをベースにした「リトルモンスター」の愛称で親しまれるマシンの中身に迫りたい。
8.9L直6ディーゼルターボは驚異の750psを発揮する
日野自動車では市販トラックとして大型のプロフィア、中型のレンジャー、小型のデュトロをラインアップしている。ダカールに参戦するマシンはレンジャーをベースに開発されているが、写真を見て分かるとおり市販トラックとはまったくの別モノ。迫力ある佇まいだ。
エンジンは市販車に搭載されている5.1L直4ディーゼルターボの「A05C型」ではなく、プロフィアに採用される8.9L直6ディーゼルターボの「A09C型」が搭載されている。もちろんチューニングが施されており、市販車の380ps/180kg-mに対して750ps/236kg-mという驚異のエンジンパフォーマンスが与えられている。
また、インタークーラーを荷室上部にステーを設けて移設し、空気を導入するエアスクープがレース中には用意されるなど、ダカールマシン故の工夫を凝らしたクルマ作りが行われている。もちろんターボチャージャーも大型化されており、見るからに風量が大きいことが確認できるIHI製がエンジンルームに鎮座する。
全てはダカールを制覇するために
路面状況が刻一刻と変わるラリーレイドを走破するために開発されたシャーシには、捻り剛性が大きく高められたラダーフレーム構造が採用されている。サスペンションは市販車と同様にテーパー形状のリーフスプリングが使われるが、レイガーサスペンション製コイルオーバー式ショックアブソーバや前後スタビライザー、さらに加減速時の車軸の位置と姿勢を整えるトルクロッドが採用されるなど、車体下回りをのぞき込まなくてもダカールを走破するためのチューニングがひと目で確認できる。
ほかにもキャビンの振動を抑えて乗員の身体への負担を軽減するキャブサスを採用。ここにもレイガーサスペンション製コイルオーバー式ショックアブソーバが奢られる。
その他、マグカップ大のシリコン製リバンプストッパーがラダーフレーム下に複数並び、さらにオイルダンパーも装着する。ラリーマシンの運動性能向上と同時に、乗員へのダメージを軽減するチューニングがしっかり施されている。
意外にもサスストロークはわずか300mmに制限される
また、車体の下回りを覗くと見慣れない謎の部品を発見した。ラダーフレームとホーシングにそれぞれブラケットが装着され、そこへ空手や柔道着の帯のような黄色いベルトが取り付けられているのだ。
これはレギュレーションでサスペンションストロークを300mmに制限されているからで、リバウントベルト(写真の黄色いパーツ)と呼ばれパーツが装着されている。
もちろんブレーキも強化されており、フロントとリヤにそれぞれ対向4ポットブレンボ製キャリパーとベンチレーテッドディスクが奢られる。その他、鍛造ホイールに組み合わされるタイヤはミシュランXZL(14.00R20)を装着。ホイールのディスク面にはコクピットに乗り込む際のステップとしても活用する、3cm程度の幅を持たせた縞鋼板で滑り止めを施したリングが備わるなど、カミオンクラスのマシンらしい珍しい装備に驚きと新たな発見に出会うことができた。
機会があれば直接体感して欲しい
今回、日野自動車のご厚意で貴重な取材・撮影時間をいただくことができ、排気量10L未満クラスの中型マシンとはいえ「リトルモンスター」と呼ばれる日野レンジャーのダカールマシンの姿に圧倒された。
2019年4月に開催されたモータースポーツジャパンではデモランや同乗走行を実施。迫力の排気音とともに大きな車体を揺らしながらお台場の特設コースを駆け抜けた。
残念ながらコロナ禍でモータースポーツ系イベントの開催が見送られているが、コロナが落ち着き近い将来再開された暁には、なかなかお目に掛かることができないリトルモンスターの想像を絶する迫力をぜひ体感してみてほしい。
■日野レンジャー(HINO 500シリーズ)主要諸元
・エンジン型式:A09C-TI(インタークーラーターボ)
・エンジンタイプ:直6ディーゼルターボ
・排気量:8,866L
・最高出力:750ps/2,600rpm
・最大トルク:236kg-m/1,200rpm
・駆動方式:フルタイム4WD
・トランスミッション:6速MT
・トランスファー:Hi-Loレンジ切替付/センターデフロック付
・タイヤ:ミシュラン XS14.00R20
・車両重量:7875kg
・全長×全幅×全高:6,700×2,500×3,000mm
・ホイールベース:4,170mm
・燃料タンク容量:760L