チューンドRだから300km/hが実現できる
R35型日産GT-R発表当時「300km/hで会話ができる」というのが謳い文句だった。しかし、実際その速度で走るということは、日本の公道ではあり得ない話だ。サーキットでもコースによって、また性能を考えてもそのスピードを出せるクルマは稀である。それこそGT-Rのような高性能モデルでないと叶わぬスピードだ。そんな「300km/hの世界」とはどういうものか。GT-R Magazine編集長がHKSのR35開発車両で体感した「速さ」を語る。
「300km/hで会話できる」がコンセプトのR35GT-R
2007年12月6日、世界に先駆けて日本国内から発売が開始されたR35GT-R。リヤシートを備えた4人乗りの2ドアスポーツクーペで、トランクにはスーツケースやゴルフバックも搭載可。アテーサE-TSを用いたトルクスプリット式の4WDを採用し、どんな状況でもエンジンパワーをしっかりと路面に伝える。「実用的でありながら速い」という、R32、R33、R34型スカイラインGT-Rで培ってきた伝統をしっかりと受け継ぎつつ、「マルチパフォーマンススーパーカー」という謳い文句を引っ提げて衝撃的なデビューを果たした。誰もが国産車離れしたR35GT-Rの存在感に驚かされたものだが、発表時には「300km/hで助手席の人と会話ができる」という驚くべきコンセプトも明かされた。
ただし、ドイツのニュルブルクリンクや速度無制限区間を持つアウトバーンで開発されたという背景があるとはいえ、「300km/h」と明言されたその数値は、われわれ日本人にとって「は?」と言いたくなる浮世離れしたものだった。
歴代GT-Rとしては初のグローバルカーとして海外市場にも輸出されることになったR35は、「全世界共通スペック」というのもひとつのウリだった。しかし、日本仕様だけは唯一「180km/h」のスピードリミッターを装備。そもそも日本の高速道路の最高速度は100km/h(一部120km/h区間もあり)に設定されており、300km/hで走行しながら同乗者と会話するシチュエーションなど、まったくもって現実味のないハナシである。
富士の直線で素人が味わう限界スピードとは
一方、サーキットなど速度制限のないクローズドコースならば、200km/h出そうが300km/h出そうがお咎めはない。実際、日本仕様のR35にはあらかじめ純正のカーナビケーションに登録されたコース(各サーキットや一部テストコースなど)の敷地内でのみ、スピードリミッターを解除できる「サーキットモード」というコマンドがある。そういったコース内であれば、フルノーマルの吊しでも公道では味わえないR35での超高速体験が可能というわけである。
ただし、日本で最も長い約1.5kmのホームストレートを持つ富士スピードウェイのレーシングコースでも、ノーマルのR35GT-Rだとメーター読みで270km/h台が精一杯。最高出力600psのGT-R NISMOでも280km/hちょっとが限界だ。まぁ、そこまで出せれば十分とも言えるが、クルマ好きならば「300km/h」という響きには「一度は超えてみたい」という憧れを抱いてしまうもの。というわけで、アマチュアドライバー代表として、かつて筆者が富士で300km/h超えにチャレンジした際のインプレッションをお届けしたい。
4.1L仕様で1100ps/120kg-mのモンスターマシン
ステアリングを握ったのは日本を代表するチューニングメーカー「HKS」が所有するR35GT-R。2007年式の初期モデルをベースに、同社オリジナルの4.1LキットにGT1000R専用ターピンキットを装着。
ブースト=1.8kg時に最高出力1100ps/最大トルク120kg-mという、とてつもないスペックを誇る開発車両だ。素人を乗せるには通常のラジアルタイヤではあまりにも危険ということで、「横浜ゴム」のアドバンA005というスリックタイヤを履いての試乗となった。
新品タイヤということもあり、まずはトレッドの皮むきと熱入れを兼ねて2周ほどウォームアップ走行。6速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)はHKSオリジナルの強化品に換装されており、クラッチの圧着力が大幅に高められているため、Rモードでのシフトチェンジはノーマルよりも格段にダイレクト。
身体には「ガツン」と硬派なシフトショックが伝わってくる。加えて、100φフルストレートのマフラーが発する猛々しいサウンドも、軽くウォームアップしているだけでこのマシンがタダモノではないことをヒシヒシと伝えてくる。
300km/hで感じた「早送り」と「空気の壁」
そして、タイヤ(とドライバー)が暖まったところで、恐る恐るアクセルを全開。富士の最終コーナーを3速ギヤで立ち上がり、直線区間では7500rpmを目安にシフトアップを繰り返す。コントロールタワー手前であっと言う間に6速に入ってしまい、気付けばスピードメーターは310km/hに到達!
しかし、不思議と恐怖心は襲ってこない。ただ、見慣れたはずの富士のホームストレートの景色だけが、いつもの倍速で後方に吹っ飛んでいくような感じだ。1000psクラスともなると、3速、4速という高いギヤでの加速がノーマルの2速と同じくらいに感じる。さすがに6速に入るとその勢いは落ち着き、300km/hの領域では目の前に「空気の壁」が立ちはだかっていることが明確に感じ取れる。
かなり長いはずの富士のストレート区間をこれまでに経験したことがないくらい早送りで駆け抜け、パナソニック・ブリッジを過ぎてから250m看板の50m手前くらいからフルプレーキングを開始。強烈な減速Gを伴って一気にスピードが削がれていく。車重が1.7t以上もあるクルマとは思えないほどグイグイ減速。エンジンパワーだけではなく、サスペンションやブレーキ系もしっかりと強化されているからこそ成せる業である。
ブレーキ強化やエアロパーツの恩恵を肌で感じる
ちなみに、試乗車は「エンドレス」製のRacing MONO6キャリパーで前後ブレーキを強化済み。
さらに、リヤにGTウイングを装着していることも減速時の挙動安定性に大きく貢献しているはずだ。300km/h超からのフルブレーキングでもフロントノーズだけがダイブすることなく、リヤ側もしっかりと路面に押さえつけられていることが伝わる。まるでクルマ全体が路面のアスファルトにめり込んでいくような強烈な感覚だ。300km/h超から確実に止めるには、徹底的にブレーキを強化しながら、それに負けない強靱なボディ剛性を備えている必要があるということだろう。
全開1周目からいきなり300km/hオーバーの世界を垣間見たが、挙動があまりにも安定しているため、試乗前の緊張感から少しは解放された。実際に乗り込むまでは、いくらスリックタイヤとはいえ恐くて「踏めない」だろうと予想していた。しかし、実際にはVDC(車両安定制御装置)オフでもコーナーからの立ち上がりでリヤが暴れることもなかった。100kg-mを超える鬼のようなトルクを横方向に逃がすことなく、前に進むトラクションヘと変換できる。これぞ、アテーサE-TSを備えるGT-Rの十八番と言うべき走りだ。ちなみに、走行時にVDCをオフにしたのはあまりにもパワーがあり過ぎるためであり、オンのままで走行するとトラクションコントロールが効きまくってしまい、かえって走りにくくなるためだ。
数字だけでなくバランスの良さがカギとなる
一般スポーツ走行枠での試乗だったため、他車とのスピード差があまりにも大きく、素人の筆者ではタイムアタックのような限界走りは不可能だった。1コーナーはコースサイドの看板を目安にブレーキングすることができるものの、その先のコカ・コーラコーナーの進入や100R、ヘアピン先の高速300Rでは最後までかなり「間引いた」走りしかできなかった。今回は310km/hまでしか目視できなかったが、走行後に確認したサーキットアタックカウンターの最高速度は「316km/h」を示していた。試乗時の気温30℃というコンディションと、1コーナーのプレーキングにまだマージンを取った走りであることを考えると、試乗車のポテンシャルがいかに凄まじいかがおわかりいただけると思う。
1000psと聞くと、その数値に意識が奪われがちだ。しかし、実際にサーキットで乗るとエンジンだけが速いという感覚はなく、信じられないほど全体のバランスが取れている。一度、最終コーナーを誤って4速で立ち上がってしまったのだが、それでも楽に300km/hを突破。ピークのみならず、低・中速トルクもしっかりと確保されていることが確認できた。パワーだけが一人歩きするのではなく、冷却系や駆動系、サスペンションなども含めてトータルでバランスが整えられている。加速だけではなく、減速やコーナリングなどすべての要素が高い次元で求められるサーキットで乗ると、短絡的に数字だけを追い求めた仕様ではないということが実感できる。
改めてR35のポテンシャルの高さを実感
試乗を終えて思ったのは、直線で300km/hを超えたという達成感よりも、それほどの速さからでもしっかりと止まれて曲がれることの素晴らしさだ。ブレーキやコーナリングに対する安心感があるからこそ踏める。逆に、ブレーキに不安を抱えたクルマでは恐ろしくて100km/hだって出せない。300km/h出せる条件、それはエンジンパワーやトルクはもちろんのこと、それを受け止めるだけの車体側のキャパシティがあるかどうか。チューンドカーとはいえ、R35GT-Rのポテンシャルの高さには心底驚いた。
なお、その後筆者はドイツ・アウトバーンの速度無制限区間においてノーマルのR35(2017年モデル)で305km/hを経験することができた。その際、助手席に乗っていた日産自動車の田村宏志氏(R35GT-Rの統括責任者)と本当に会話できたことも付記しておこう。