ニスモはマーチブランドのイメージを守る最後の砦!?
日産自動車でもっとも長い歴史を持つコンパクトカー「マーチ」の元気がない。「日本カー・オブ・ザ・イヤー」「RJCカー・オブ・ザ・イヤー」「欧州カー・オブ・ザ・イヤー」のトリプル受賞を果たした2代目、そのデザイン力で世界中を魅了した3代目など日本を代表するお洒落系スモールの1台であった。
しかし、4代目は少々苦戦している。販売低迷の理由はいくつかあれど、一番はスタートダッシュでつまずいてしまったこと。日産は改善を試みているのだが、一度ついたイメージの脱却は難しかったというのが現状だ。そのマーチのブランドイメージ失墜を瀬戸際で踏みとどまらせている(!?)のが日産/ニスモが手掛けたコンプリートカー「マーチNISMO」である。
日産/ニスモ/オーテックのあらゆるノウハウを活用して誕生
マーチNISMOの登場は2013年。「ニスモの魅力をより多くの人に」「日産車にはなかったワクワクを」世界に発信するブランド(ロードカー)戦略の第3弾としてデビューした。
開発と生産は日産/ニスモ/オーテックの3社の共同作業で、コンセプトや目標性能、装備、そしてデザインはニスモが担当。とくにデザイン(エアロパーツ)は、GT500(スーパーGTレース)のレーシングカー・デザイナーとも連携して生産車に落とし込んでいる。
そこで決められた目標性能やデザインをいかに再現するかを検討、商品化するのがオーテック。適切な価格で提供できるか、保証を付けられるかについてもオーテックで検討される。できあがった試作車はニスモに委ねられ、最終確認するというのが開発の流れ。
生産についても過去にニスモが手掛けていたコンプリートカーのように、量産車にあとから架装するのではなく、日産自動車の工場ライン/協力工場で組みあげる体制を敷くことで、ハイパフォーマンスと低コスト、継続生産を実現している。タイで生産されるマーチはほかのロードカーよりもさらにその工程は大変で、オーテックによると「タイの日産工場ラインで装着するもの、タイの協力工場で組み付けるもの、日本に持ち込んでから取り付けるものという3段階の工程を踏んでいる」とのことだ。
NISMOとNISMO Sで一文字しか変わらないが中身は大違い
そんな複雑なプロセスを経ていながら、価格が200万円以下(NISMO:163万3500円、NISMO S:187万6600円)に抑えられているのは、バーゲンプライス以外の何物でもない。これもマーチNISMOの魅力のひとつといえる。
グレードはエアロパーツや内装に手が加えられたドレスアップ仕様のNISMOと、それに加えて専用の1.5Lエンジン/ECM/サスペンション、ボディ補強、ブレーキ、排気系などが装着されたパフォーマンス仕様のNISMO Sのふたつ。前者がCVTで後者が5速MTなので見分けがつくとは思うが、単なるエンジンやミッション違いではないので注意が必要だ。
走りに関しては基本設計が10年以上前なので、パフォーマンス面や完成度で見れば現行ホットハッチのリーダーといえるスズキ・スイフトスポーツやトヨタGRヤリスにおよばない。両車のようにハンドリングと快適性を両立させるにはベース車の基礎体力を上げるしかない。パワーも1.5Lで116ps。チューンドエンジンでありながらリッターあたり80psに満たないのは、スペック的にも正直見劣りするだろう。
「操る楽しさと湧き上がる高揚感」が最大の魅力
それでも、マーチNISMO Sが支持される理由は、スポーツドライブしたときの「操る楽しさと湧き上がる高揚感」だと思う。圧縮比アップ、カムシャフト交換され、専用ECMで整えられたエンジンはひと言でいうと荒々しい。チューンドNAらしく、4000rpmからカムに乗る感じで高回転まで鋭く吹き上がるフィーリングは、気持ちいいのひと言。その盛り上がりに合わせた甲高いマフラーサウンドも、絶品で否応なしに心が躍る。
フットワークは絶妙なさじ加減でバランスされている。ボディ剛性が物足りないのを補強で補っており、さらに国内トップクラスのハイグリップタイヤのひとつであるブリヂストン・ポテンザRE-11を装着。サスペンションの硬さは感じるものの、ステアリング操作に対する車体の応答性=ダイレクト感は素晴らしく、狙ったラインを見事にトレースできる。
道路の凹凸に対するサスの追従性もレベルが高く、「さすがメーカーが鍛え上げたコンプリートカー」と素直にうなずける部分だ。また、トラクションコントロールなどの電子デバイスを持たないので、FFのドライビングを学ぶにも最適な1台だと言える。
タマ数が豊富で社外パーツも充実!
トランスミッションは操作性こそ頼りないが、ギヤ比はある程度クロスしており、パワー不足を感じることはない。その代わり、100km/hの回転数は3000rpmを超え、マフラーサウンドもボリュームが大きめなので室内は騒がしい。まあ、このモデルを選ぶオーナーにとってその部分はさほど気になる点ではないだろう。
スポーツシートはガッチリ身体を支えるものではなく、クッションは柔らかめだが腰の部分のサポート性が秀逸。その他あらゆる部分の作り込みにそつがなく、素直に「いいなぁ」と思わせてくれる。
最新のスポーツモデルのようなストロークを生かした懐の深い味付けではなく、硬めのサスでクイクイと曲がる古典的なホットハッチの香りが残るマーチNISMO S。ベースとなるマーチ自体は、2020年7月の商品改良でインテリジェント・エマージェンシーブレーキ(衝突回避・衝突被害軽減支援)と踏み間違い衝突防止システムを標準化。今しばらく延命されることとなったが、この痛快マシンを購入できる期間はさほど残されていないように思う。
ただ、2013年から発売されているので中古車市場にもタマは豊富。さらにチューニングパーツも数多く、カスタマイズする楽しみにも溢れている。スポーツカーのエントリーモデルとして、大人のクルマ遊びのお供としてオススメしたい!