フィット3ハイブリッドの潜在能力は?
ホンダのものづくりセンター(旧本田技術研究所)の若手メンバー有志による自己啓発チーム「ハイブリッドレーシング」は、先代フィットハイブリッドをN2規定にモディファイしたレーシングカーで「JOY耐シリーズ(モビリティランド主催)」に参戦している。
取材協力:YOKOHAMA/HPI
ハイブリッドレーシングの目標は「JOY耐総合優勝」
そもそもこの「ハイブリッドレーシング」とはどのようなチームなのか? かつて初代シビックハイブリッドをレーシングカーに仕立てJOY耐に参戦したのを皮切りに、2代目シビックハイブリッドはニュルブルクリンク24時間レースにも挑戦するなど、華々しい戦績を持つ。今回のフィットハイブリッドは2014年からJOY耐に参戦しており、レジェンドドライバーである高橋国光さん、津々見友彦さんもステアリングを握っている。
戦績としては、エンジョイ耐久(7時間)とミニエンジョイ耐久(2時間)に参戦しており、後者のレースは2015年、2017年、2020年に総合優勝している。長丁場であり、メインのエンジョイ耐久は一度も総合優勝した経験がなく「今年こそ」というのがハイブリッドレーシングの悲願なのだ。
戦闘力は十分のフィット3ハイブリッド
では、フィットハイブリッドだが一体どんなクルマなのだろうか? レーシングドライバーでもなんでもない、素人のいち編集者が乗ってみた印象は「痛快」の一言だ。1tを切る軽量ボディが効いているのだろう、まず身のこなしがとても軽い。インテリアの内張がすべて撤去されていることはもちろん、横と後ろのウインドウはアクリルに置き換えられているし、サイドブレーキもついていない。派手なエアロパーツは装着されていないが、野武士のような雰囲気を持つ。
パワートレインとバッテリーは丸ごと初代ヴェゼル用に換装している。モーターの出力は同じだが、ヴェゼル用はエンジンが直噴化されており出力が22ps/2.2kg-m大きい(132ps/15.9kg-m)。最初、ヴェゼルのエンジンのみ載せ替えようとしたらエラーが出てしまい、結局すべて載せ替えたのだそうだ。
モーターアシストが効いているフル加速は見た目から想像できないほど、速い。立ち上がりではS2000についていけるし、7速DCTはシームレスに変速していく。ここまでのレベルに到達すれば、正直「スポーツドライビングにMTかATか、どちらが適しているか?」なんてどうでもいいと思った。
フィットハイブリッドの乗り方はちょっとコツがいる。ハイブリッドの回生機構を最大限活用するために、通常よりかなり手前からアクセルオフを開始する。ブレーキは最後に向きを変えるために踏むレベル。
ということは、どういうことか? つまり、他車と走り方がまったく異なるということだ。こちらが減速を開始すると、他車はコーナー手前までギリギリに突っ込んでいくため、バンバン抜かれる。だが、コーナー立ち上がりではフィットハイブリッドのモーターアシストでぐいぐいと前走車に追いついていく。
回生でうまくバッテリーを貯めることができると、筆者の場合だとメインストレートに戻ってきた時点でバッテリー容量の7〜8割が溜まっており、5コーナーの先の登りに差し掛かった時点で2〜3割といったイメージ。おそらくチームの他ドライバーはもっとうまく走らせていると思う。
タイヤはヨコハマのSタイヤをチョイス
また、今回使用したタイヤはヨコハマのSタイヤ「ADVAN A050」。フロントに205/50R15(Mコンパウンド)、リヤ195/55R15(MHコンパウンド)をチョイス。ウエット路面になった場合サイズは同じでGSコンパウンドを選択する作戦とした。
タイヤの印象について、前述の堀内さんは語る。彼は以前、業務として車両の操安グループに属し、実走テストを担当していた。
コンパウンドの選択は、本当は耐久レースなので前後MHを選びたいのですが、205幅のタイヤサイズにMHの設定がなく、Mコンパウンドをチョイス。そこでサスペンションを動く方向にセッティングしました。予選はフロント205、195ですが、前後Mコンパウンドを選択しました。ヨコハマのSタイヤは他社と比較して横方向のふんばりが効いていて、ステアリング切り始めのレスポンスがいいですね。フィーリングとしては素晴らしいです」
決勝は残り1/3を残してマシントラブル!
前日の予報では台風直撃も危ぶまれたが、JOY耐本番は見事に晴れた。予選のベストラップは2分23秒984。決勝は1グループ、31番手のポジションをゲットした(73台エントリーのため、決勝は2グループに分かれた)。本番は燃費走行に徹するため、後続は少ないほうがいい。「先頭グループの後ろのほう」はちょうどいいポジションだ。
決戦の火蓋は切られた。走行順は前述の堀内、加藤(本誌)、米満竜太さん、某誌のTさん、山口晃平さん。3回給油作戦とした。給油のたびに11分(フィットハイブリッドはN2規定の改造を施しているため2分のペナルティが課される)停止しなくてはならず、給油回数は少ないほうがいい。
トラブルが起きたのはTさんのスティントだ。順調に決められた周回数をこなして戻ってきたかと思いきや、運転席を降りるや否や「変速しなくなってきた」とのこと。急遽ピットインを余儀なくされた。レースも半ばをすぎて、残り1/3という状況で、だ。周回数は100周を超えている。
一体原因は? 復帰はできるのか? 息を呑むわれわれをよそに、どんどん車両を点検、分解していくホンダの若手エンジニア。
同チームの森山敏さんが「これだ」と指を差した。エアクリーナーを外した底、トランスミッションの上に2つのリザーバータンクが見える。何だろう?
「DCTのクラッチフルードが漏れてますね。おそらく、シールが熱によりダメージを受けてフルードが漏れたんだと思います」
冷やしたら元に戻ったかと思い、米満さんが再びコースイン。だが、すぐに戻ってきた。やはり変速がうまく行っていないようだ。替えのトランスミッションもないし、そもそもこの時間で載せ替えることは不可能だ。万事休す。そのまま扇風機で冷却を続け、レース終了6分前に再びコースインさせて、チェッカーだけは受けることにする。最後のドライバーは山口さん。ゆっくりとピットを出ていく。雨が降っていたらDCTも冷やされて、走り続けることができたかもしれない。「たられば」だけど、これもレースである。
そして、ついにチェッカーフラッグが振られた! 山口さんは相当ペースを落として走行している。変速がうまく行っていないのだろう。無事戻ってきた山口さん曰く「クラッチが滑り始めていてドキドキでした」とのこと。フルードの漏れがツインクラッチのほうまで及んでいたか……。総合優勝の夢は、また遠ざかってしまった。結果としてはギリギリ規定周回数をクリアして、なんとか完走扱いとなった。
ハイブリッドレーシングは「残念な結果でしたが、今秋開催のミニJOY耐はドライバーを若手のふたりに任せて経験を積んでもらいます。総合優勝して、リベンジを果たしたいと思います」と悔しさを滲ませた。スポーツハイブリッドとして、きっとこの経験は「まだ見ぬホンダのスポーツモデル」につながっていくに違いない。若手メンバーの奮闘は、まだまだ終わらない!