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「達成できてしまったらそれは単なる目標」チェアウォーカー長屋宏和さんの「見果てぬ夢」とは

不屈の精神力で挑戦を諦めない長屋さんの「最終目標」とは

 14歳でレーシングカートを始め、F1ワールドチャンピオンを目指して、着実にステップアップを遂げていたレーシングドライバーの長屋宏和さんは、全日本F3選手権に参戦していた2002年、ゲストドライバーとして参戦したF1世界選手権日本グランプリの前座レース、「フォーミュラ・ドリーム」で大クラッシュ。頸髄を損傷したことにより四肢麻痺となり、チェアウォーカーとしての生活を余儀なくされた。しかし、持ち前の行動力とチャレンジ精神で、カートレースや洋服作りなどの様々な事に挑戦し、現在はチェアウォーカー・ファッションブランド「ピロレーシング」を立ち上げ、アパレル業界でプロデューサーとして活躍している。

 そんな長屋さんに、大事故から約19年が経過した2021年6月、筆者はインタビューをする機会を得ることができた。長屋さんがインタビューの場に選んだのは、御徒町にある「トレーニングセンターサンプレイ」。驚くべきことに、自身が通うトレーニングジムである。

 

トレーニングの理由は「レースをしていたころの自分に戻りたい」

 それも、一般的に想像する普通のジムではなく、店内の至るところに筋骨隆々のボディビルダーの写真やトロフィーなどが飾られ、利用者もほぼ全員が鍛え抜かれた筋肉質なボディを持つ、かなり本格的なトレーニングジムだったのだ。さらに驚いたのは、四肢麻痺により、肩から下がほとんど動かせないはずの長屋さんがダンベルを手に縛り付け、かなりハードな加圧トレーニングを行っていたことだった。筆者は思わず、そんなハードなトレーニングをしても体に支障はないのかと心配してしまったが、長屋さんはトレーナーのメニューを最後までこなし、体を鍛え続ける理由を話し始めた。

「トレーニングを始める前は、年1回は風邪をひいていたし、肺炎で入院して死にかけたこともあるぐらいだったのですが、ここに来て体を動かしていると、常に元気でいられるんです。1週間とか期間があいてしまうと、不調になるぐらい。だから、なるべくサイクルを変えないように、ここに通っています」

 確かに、体を動かすことは健康にいい。それは周知の事実だと思うが、健常者の筆者ですらキツイと感じるような高負荷をかけながらのトレーニングを行う意味が、いったいどこにあるのだろうか。

「僕は事故をした後も、すぐにトレーニングに通いたかったんです。でも、僕の障害は指が使えないので、トレーニング=握らないとできないという固定概念があって……。もちろん走ったりもできないし、どうしても一歩が踏み出せなかったんですよ。 でも、洋服のリフォームの仕事を長年やっている僕の母が、歌手の長渕剛さんの衣装のリフォームを担当していて、母の仕事に付いていったときに長渕さんが『長屋君、トレーニングはしないの?』と、聞いてくれたんです。その話の流れから紹介してもらったのが、このサンプレイでした。ここはトレーニングのレベルがかなり高いジムなので、ゴールドジムなどに通ってる人が憧れる場所でもあるんです。」

 長渕剛さんの紹介でサンプレイに来てみたものの、ジムのレベルの高さに圧倒された長屋さんは、自分にできることはあるのかと、不安を覚えたという。

「担当トレーナーの近藤さんとの力比べから始まって、こういう発想があるんだと感心させられました。力比べがトレーニングになるというのは、僕にはない発想だったので。そこから少しずつ、近藤さんが僕にできることを探してくれて、やれることが増えていったんです。さまざまな工夫をすることで、やれる種目もどんどん増えて。だから、トレーニングを始めるきっかけがあったとかではなく、トレーニングをしたいという気持ちをずっと持っていて、理想通りのトレーニングができる場所が見つかったというほうが正しいかな。

 トレーニングを始める前は、体調を崩すたびに筋肉が落ちていって、体がどんどん細くなっていって……。事故をした直後とかは、それ以前にトレーニングをした筋肉が残っていたけど、動かなくなったり体調を崩すと、どんどん使えないところが細くなっていくんですよ。でも、レースをしていたときの自分に戻りたいし、健常者の自分に負けたくない。だから、意地でも何とかしてやろうと思って、ここに通い続けてます」

「使えるところは鍛錬しないともったいない」

 そんな長屋さんのトレーニングについての話の中で、筆者が一番印象的だったのが「背中は動くので、使えるところはイジメないともったいないです」という言葉だった。「体のほとんどが使えないんだから、鍛える必要はない」私ならそう考えて、知らないうちに自分でやれることの可能性を、どんどん減らしていったかもしれない。しかし、動かない部分があることを理由に体を鍛えないのは、長屋さんにとっては甘えなのである。例え使える部分が少なかったとしても、そこを最大限に使わないことはもったいない。それは、体だけに限らず、すべてにおいて言えることではないだろうか。

「僕は、どんどん自分が動けるようになることで、近藤さんが喜んでくれると嬉しいし、近藤さんが容赦ないトレーニングメニューを考えてくれるのも嬉しいんです。障害があるからどうとか、気を遣われるのが僕は嫌なんです。ここは、『これぐらいでいいかな?』というレベルではなく、容赦なく負荷をかけてくれるので満足度が高くて、だから続けられるんです。自分が思っているさらに上のメニューを作ってくれるから、また来週も来たいと思えるんだと思います」

目標は「車いすでの富士山登頂」

 長屋さんはトレーニングでの目標に、車いすでの富士山登頂を掲げている。そして、過去3度にわたって富士登山に挑戦し、8合目までの登頂を達成させた。

「子どもの頃から富士山が好きだったけど、登りたいと思ったことはなかった。でも、サンプレイでトレーニングをするようになって、自分のレベルがどんどん上がっていることが明確に感じられるようになると、車イスで行けない場所である富士山に登りたいという気持ちが高まってきて……。トレーニングのひとつの目標として富士山への登頂を定めることで、自分の意識とか志を高めていくきっかけにしたかったんです。車イスになったからできないことがあるというのも悔しかったので。誰もが無理だと思うことをやってやろうと思った。無理なことなんて、ないんですよ」

 この話を聞いて、無謀と感じる人もいるだろう。しかし長屋さんは、単独で富士山に登ることは不可能であることを、もちろん十分に理解している。チェアウォーカーとして、いろいろな人の助けを借りながら生活することで、みんなでひとつの目標をやり遂げて喜びを分かち合うことの楽しさを知ったのだ。だから、長屋さんの挑戦は、周囲の人を巻き込んだみんなの挑戦となる。

 

「まずは、どうすれば自分のこの体で富士登山に行けるのかを考えるところから始めて……。でも、電動車イスで行くことは選択肢にはなくて。自分の使える筋肉を生かして挑戦したかった。手動の車イスでは45度の坂道は登れないので、車イスのメーカーに相談したり、あるメーカーと一緒に車イス用の電動アシストを開発したり。それまで可能性は0%で無理だと思っていたところから、これなら行けるかもしれないという感じで1%の可能性を見つけることができた。可能性が1%になったら、その割合を増やしていくだけ。その積み重ねで、2年前に8合目までの登頂に成功することができました」

 長屋さんの行動力と前向きな人柄は、その挑戦に必要な縁を引き寄せ、長屋さん個人の挑戦から巻き込んだ人すべての挑戦に変えてしまう不思議な魅力を持っている。「車イスでの富士登山には『ブル道』と言ってブルドーザーが物資を運ぶための、一般登山客は使えない道を特別に使わせてもらうことができたのですが、それも富士登山への挑戦を決めたことによる不思議な縁で実現しました。挑戦って、いろんな人の協力や、偶然の出会いなどの縁が重なって実現できるんです。富士山への挑戦はまだ途中ですが、そういう意味でも本当にやってよかったと思う。レースもそうですし、トレーニングもそう。僕は本当にひとりじゃ何もできないので、このジムに来るまでにも駅員さんにスロープを出してもらったり。そういう感謝も忘れちゃいけないなと常に思っていて、挑戦をし続けることで、車イスだけど、だからこそできる可能性をどんどん広げられている気がします」

長屋さんの夢は今でも「F1ワールドチャンピオン」

 そんな長屋さんの夢は、今でもF1ワールドチャンピオンだ。

「僕は、夢はでっかく目標は小さくいっぱい作るほうなので、夢なんて手が届かなくていいと思っているんです。カートに乗っているころから持ち続けているF1ワールドチャンピオンという夢を今でも常に持ち続けていて、それに近付ける何かがあれば挑戦したいと思ってる。だから、洋服のことでも何かしら、それに活かせることが絶対あるし、レースの監督だって自分の考え方を振り返るいいきっかけになってる。富士山への挑戦だって同じだし、夢はひとつなので、富士山のことは頂上があるからゴールがあるかもしれませんが、洋服のことはひとつクリアしたら、また次の目標ができるので、そこは結果ではなく経過。特に強く何かを目指してるというモノはありません。だから目標は、毎日頑張ろうとかでもいいと思うんですよ。

 すべてにおいて、F1ワールドチャンピオンを目指す過程として頑張っていくというイメージです。『何言ってんだ? 車イスのくせに』って思う人もいるかもしれませんが、それは自分の中で持っていればいいことだし、夢なので。手が届かないから夢なんですよ。夢に手が届いたら、それは目標だと僕は思ってる。目標という低い次元ではなく、もっと高いところに自分の意識を持ち続けていることで、いろんなことに挑戦できるんだと思います」

 そう。夢は叶わなくてもいいのだ。日々の目標をひとつずつクリアしていくことで、叶うはずもなかった夢に1歩ずつ近づいているという実感。その実感こそが人生を楽しむためには大切で、「絶対無理だ」と限界を決めてしまっているのはいつも自分なのだ。ハンディキャップを抱えても、今なお挑戦することを諦めない長屋さんの生き方は、そのことに気付かさせてくれた気がした。

【詳しくはこちら】

取材協力:トレーニングセンターサンプレイ

https://sunplay.jp/

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