レースカメラマンが愛する「AE85」
今回紹介する田村 弥(わたる)さんは、レースカメラマンを生業としつつ、数多ある自動車媒体でも活躍する売れっ子だ。氏の愛車は日産初代プリメーラとトヨタ・スプリンタートレノの2台態勢。初代プリメーラを1994年に新車で購入し、その後スプリンタートレノを2003年に増車した。
スプリンタートレノと聞くと漫画「イニシャルD」で有名になったあのAE86!? かと思うがさにあらず。確かに写真を見る限りAE86なのだが、正確にはこのクルマ、AE85なのだ。AE85というのは、AE86とボディは一緒ながら、1.5L直4のシングルカムエンジンを搭載した下位グレード「SR」。田村さんは一体なぜ、AE85を手に入れ、長年所有しているのだろうか?
じつは苦手だったハチロクだけど縁がありAE85のオーナーに
「そもそも、当時はAE86って興味はなかったんです。むしろちょっと苦手というか。2000年代初頭、ハチロクは改造され過ぎて、壊れるイメージがとても強かったんですよ」
田村さんは2003年ごろ、AE86をメインとした雑誌連載の撮影を請け負うことになった。連載企画のテーマは「AE85をベースにAE86を作る」。当時AE86はクルマ好きに愛されてはいたが「入門機」として酷使されていた。またサビも発生しがちで、はっきり言えばコンディションが悪い個体が多かった。
ところが下位グレードのAE85はクルマ好きには人気がなく、いわゆる普通に乗られていた個体が多かった。細かい装備内容の違いはあるが、AE85とAE86の大きな違いはエンジンのみ(これは間違いだったことが判明するのだが、後述)。AE86には1.6L直4の名機「4A-G」が搭載されている。
「そこである有名なショップが『だったら、程度のいいAE85を買ってきて、エンジンを4A-Gに載せ替えてしまおう。ボディをレストアするよりそっちの方が安上がりだから作ってみよう』と。その製作工程を追う企画でした」
だが、ひょんなことから、まさに今から取材することになるAE85のオーナーになることになってしまったのだ。
「ベース車のAE85は3台あり、レビンの3ドアもあったのですが、奥さんに相談したところ『リトラクタブルヘッドライトがいい』ということで、3ドアのスプリンタートレノを選びました。状態がとても良く、分解してしまうのがもったいないほどでしたが」
令和の現在では考えられないほど贅沢(AE85も希少)な状況だが、当時AE85は捨て値同然でゴロゴロしていた。田村さんのものになったAE85の走行距離は15万kmくらいの後期型で、大切に乗られていた個体だったそうだ。
簡単だと思っていたエンジン載せ替え作業に難航
すったもんだしたあげく、ようやく作業がスタート。ところが、当初簡単だと思われていた作業が、意外と難しいことに気が付くまで時間はかからなかった。
「エンジンのドナー車はAE86の前期型GTVでしたが、バラしてみるとAE85と全然構造が違うことがわかったんです。エンジンだけでなく、トランスミッション、プロペラシャフトも。挙げ句の果てに燃料タンクも違う。燃料タンクも異なるということは、燃料配管も別物」
つまり、ボディは一緒でも中身が別物だったのだ。贅沢な時代のクルマというべきか。結果的にはボディを残して機関系をほぼ全部取り外して移植する大手術に発展してしまう。
「インテリアもAE85のSRをベースに、メーターはGTVをそっくり移植し、劣化していた箇所はショップのストックしていた中古パーツを組み合わせています。グレード不明車になっていると思います」
思わず笑みがこぼれるAE85改ハチロクのハンドリング
そんなわけでハチゴー改ハチロクとのカーライフが始まった。元々田村さんは新車で手に入れたプリメーラでサーキット走行もしていて、走ることは嫌いではない。そこでプリメーラは仕事の足にして、走って遊ぶときはAE85を使うことにした。
「AE85のサスペンションを少しハードなタイプに交換して、ミニサーキットを中心に走りにいくようになりました。ガチガチのサーキット仕様ではなく、たまには仕事でも使うので、乗り心地も考慮して。サーキットを走るときは15インチタイヤにして、普段は14インチに交換してます」
また、AE85はボディがコンパクトなので、田村さん曰く「街乗りも楽」だという。
「忙しくなるとプリメーラで動くことが増えますが、AE85も乗らないと調子を崩してしまうので近所で買い物する際に乗ったりもします。ちょっと動かすだけでも楽しいし、クルマと対話しているようで、思わずニマニマしてしまいます。打ち合わせで都内に行ったときでも、狭いコイン駐車場でも困らないのもいいですね」
トラブルは意外に少なく基本的には頑丈
紆余曲折あったAE85だが、現在はプリメーラが8割、AE85が2割くらいの稼働率で維持している。固有の故障や、出先でのトラブルはなかったのだろうか?
「AE85固有のトラブルはありませんでしたが、オルタネータの故障でオーバーヒートしかけたことがあるくらいで、致命的な事象には遭遇していませんね。ですが、2010年にボディだけオールペンを行いました。AE85というよりハチロク全般の持病ですが、リヤフェンダーとハッチゲートにサビが出てきまして。全塗装のタイミングでハッチゲートはFRP製に交換しました。軽量化のためではなく、サビないからです(笑)」
また、載せ替えた4A-Gエンジンだが手に入れて数年でオーバーホールを実施した。基本的にはノーマルだが、輸出用のオーバーサイズピストンを使い圧縮比を少しアップさせた。トランスミッションもオーバーホールし、足まわりはブッシュ類を打ち替えている。
純正部品に関しては「あまり困ったことはない」とのことで、人気の旧車は比較的維持はしやすいのだろう。
「ハチロクに限らないとは思いますが、旧車を長く維持するには、困ったときの主治医の存在が大切だと思います。ひとりだったらちょっとしたことでへこたれてしまいますが、いまだに乗りまわせているのは懇意にさせていただいている専門店のおかげですね」
初代プリメーラとAE85改を所有するというのはクルマ好きにとっては夢のような2台態勢ではないか。田村さんの幸せなカーライフはまだ当分続きそうだ。